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- ギャンブル障害診療指針――反治療的な疾患モデルから動機モデルへの転換
商品情報
内容
本書では“赤か黒か”では語り切れないギャンブル障害の複雑な構造の解説に加え,経験豊富な著者の自験例も踏まえた実際の治療における具体的な受け答えも解説し,本疾患に対する深い理解と,実臨床でそのまま使える実践的なテクニックを同時に学べる.日常的に賭博に触れやすい環境がある本邦の精神科医のために,間違いだらけのギャンブル障害診療の本質を紐解き,患者の回復を阻害しないメソッドを徹底解説する一冊.
序文
序
「自分がいつの間にか百ドルを賭けてしまっていたことに気がつき愕然とした。……しかし……これでやめようという気にはならなかった。〈どうしても取り返すのだ……〉」
(沢木耕太郎「深夜特急1 −香港・マカオ−」新潮文庫 より)
■ギャンブル障害は疾患(病気)ではない!
レジャーに関する調査によるとわが国では成人人口の過半数にギャンブル経験があるが,多くは小遣い範囲(可処分所得)内でギャンブルを楽しむレジャーギャンブラーである.ただ一部のギャンブラーは,のめりこみの結果,心理的経済的社会的な問題を生じる.そして重篤な場合は,多重債務に陥り,家庭崩壊や失職・退学などを経て自殺企図に至る.
ギャンブルにのめりこんで生活が破綻する人々の存在は古くから知られていたが,障害として概念化が進んだのは19世紀である.当時の疾患体系の下で,窃盗癖や放火癖などのモノマニア(単一狂)の一つとして「病的賭博」と命名された.しかし,比較的まれな障害として,精神科医療における対策は,20世紀前半の精神分析的関与を除き,乏しいままであった.そのため,わが国も含め精神科医療の現場には病的賭博を主訴とする受診はほとんど見られなかった.
ギャンブル障害には「破滅への片道切符」という難治性のイメージが付きまとっているが,実際は少なくとも過半数は自然回復(自力改善)している.更に,「症状が増加するほど改善しやすい」という疾患原則に反する調査データが複数ある.疾患であれば通常は該当症状数の増加,すなわち重症化に伴い,予後不良(難治)化してゆくはずである.しかし,ギャンブル障害は複数の異質な病態とそこから生じる症状を寄木細工のように集めて概念化した障害であるため,この原則には当てはまらない.この点が,過度の飲酒習慣とアルコール関連症状との間に精神薬理学的な単一の病態を介するアルコール依存症との決定的な相違である.
それゆえ,ギャンブル障害に対して,ギャンブルを原因とする単一の疾患(病態)ととらえ,ギャンブル頻度や賭け金などのギャンブル行為への介入を最優先することは的外れである.
そうであるなら,ギャンブル障害に対する介入は何をターゲットとすればよいのであろうか?
■ギャンブル障害の原因はギャンブルではない!
著者が以前担当した有能な営業マンである40代の男性は営業ノルマの重圧から逃れるため,競馬にストレス解消を求めた.徐々にのめり込むようになり,マイホーム資金を黙って使い込み,妻にばれた.深く反省し,断ギャンブルを誓い,小遣い管理を委ねるという条件で,許してもらった.しかし,同僚から借金して競馬を再開した.負けを取り戻して,埋め合わせをしたい一心であった.更に売上金を着服するに至り,周囲からの非難に耐え切れず,保険金目的での自殺未遂を経て,受診に至った.この男性は仕事上のストレスに起因したうつ病という疾患因子がギャンブル障害に先行していた.ギャンブル障害はうつ病によって生じ,うつ病との相互作用で重篤化した.このような重篤化因子としては他に,多重債務や家族との軋轢などがある.加えて本書で詳述しているが,両価的な傾向や自閉症特性など本来有している気質も重篤化因子になる.これらの因子は発症や進行に関与することで自然回復機能の発現を阻害する.そうであれば,ギャンブル自体の問題よりも,重篤化因子の有無とその重篤化因子に対する適切な医療的心理的社会的あるいは法的支援を提供することこそが,専門家の最優先すべき義務である.したがって精神科医療従事者の主たる役割は,うつ病などの精神疾患や心理的特性を同定し,精神疾患の加療や自己理解に向けたサポートをすることに尽きる.言い換えれば,ギャンブル依存の方に対する専門家の本務は,自然回復を妨げている重篤化因子への介入であり,ギャンブルそれ自体ではない.物質依存症への介入において長年の間原則とされてきた依存症治療優先主義,すなわち「まずはギャンブルを止めてから」などギャンブル問題に焦点を当てた介入は問題を長引かせる.
■「ギャンブル依存症は病気です」キャンペーンは有害である!
このように,ギャンブル障害という精神障害の疾患化(医療化)は臨床実践的には無用であるのみならず,問題の本質を糊塗するという意味で,反治療的でさえある.仮に単一の疾患としての妥当性が乏しくても,臨床的に有用であれば,一旦は疾患というレッテルを貼る意義はある.しかしギャンブル障害にそのメリットは乏しい.レッテルを貼ることでかえって,援助を求めることへの忌避感を強めるのであれば本末転倒である.
そもそも,疾患であるというのであれば,薬物療法等の何らかの身体的治療,すなわち精神医学から与えられる技術の受動的実践で効果が確実に得られる保証が必要である.しかし,ギャンブル問題の改善は本人による何らかの自主的行動を要する.受動的に「治療」を受けることでは得られない.そうであれば「病気」と名付けることの有用性は一層乏しい.
加えて,早期発見あるいは予防という美名のもとに,病気であることおよびその有害性が喧伝されることによって,偏見と排除が強化されることが医療史において繰り返されてきた.結核,ハンセン氏病,そしてAIDSである.特にわが国はこのような偏見が長く留まりやすい傾向がある.それゆえ我々は「病気扱いされること」の恐怖を身に沁みて感じているがゆえに,「病気」という烙印を押される可能性のある場を回避しようとする.
■ギャンブラーである患者の腑に落ちる心理的治療モデル
そうであるがゆえに疾患仮説から一旦は離れて,心理学や社会学など非医学的な医療仮説(モデル)にも幅広く目を向ける必要がある.つまり,画一的に疾患モデルを適用するのではなく,治療者が行おうとする精神療法あるいは社会療法と直接対応する病態モデルを自覚する必要がある.疾患仮説では大脳辺縁系の報酬回路におけるドーパミンを主とした神経伝達物質仮説が提起されている.そして,このような疾患仮説に基づく説明が腑に落ちることで改善に向かう患者も一部であるが存在する.しかしこの改善をもたらした機序は薬物療法など疾患モデルに対応した治療によるものではなく,「疾患である」という認知の転換,すなわち認知モデルである.このような病態モデルの曖昧化(ブラックボックス化),あるいは治療法との不一致,すなわち各モデルの折衷主義的利用は治療方針の混乱や袋小路を生じる.
現在,治療法としては,心理学的仮説の一つである認知モデルをベースにした「認知療法」が主流である.上述のように,この方法が有用な方も存在するが,認知の修正のみでは行動変容までは困難であることが多い.多くの人にとって「賢くなること」と行動変化とは別物である.それゆえ,ギャンブル刺激回避や代替行動などの行動モデルに基づく技法を付加した「認知行動療法」が標準的治療法としてプログラム化されている.ただし,このような複数の心理モデルの折衷は,治療効果の判定が不明瞭になるとともに,治療手段の手詰まりを生じやすい.
ただ,いずれの治療モデルを利用するにせよ,目の前の患者本人が納得できる(腑に落ちる)病態モデルに基づく治療法を施行することが最も重要な点である.
行動変容の第一歩は本人が納得できるか否かにかかる.納得できれば自分とギャンブルとのかかわりを変えることに対する治療動機が高まる.
■ギャンブル動機に関する勘違いがギャンブル障害をもたらす!
この観点から,著者はギャンブル障害に対して,欲望充足,すなわち自己満足(自惚れ)に焦点を当てた「欲望モデル」を基にした介入法をここ10年余り実践してきた.自身の欲望を自覚していただいた後,「ギャンブル以外の充足行動」を探して,実践してもらう「欲望充足法」である.欲望は動機として意識化されるので,本書では「動機モデル」として提示している.
前掲の男性患者は元々興味のあった俳句の投稿に没頭し,同人誌に掲載されるようになった.その結果,ギャンブルと同質の期待感や達成感を得るようになり,ギャンブルからは離れていった.ギャンブルに求めていた動機を他の行動で満たしたわけである.本当に求めていたものは金ではなかった.欲望充足法に基づく介入の山場は「金を増やすため」という動機が勘違いであったことを納得していただく瞬間にある.結局の所,ギャンブル障害とは「ギャンブルに関する動機の勘違い」に過ぎないのかもしれない.しかしこの勘違いは人生を破滅に導く勘違いであるため,できるだけ早急に本来の動機に気付く必要がある.
本書ではギャンブル障害に対する,複数の医学的心理学的な医療仮説に加えて,非医療的な仮説も提示している.そしてこれらの仮説の多元的な利用を提唱することが目的である.本書を読まれた方がギャンブル障害に対するより柔軟な理解に基づいて,患者のニーズに沿った対応ができるようになれば幸いである.
なお,本書でいうところのギャンブルとは合法非合法を含めた賭け事一般,すなわち金品をその価値が高まることを期待してリスクにさらす行為を指す.したがって,刑法などに規定された賭博は勿論のこと,パチンコ・パチスロなどの遊技や投機性の強い投資(FXやバイナリーなど)も含む.
目次
CHAPTER 1 疫学調査から見えてくるギャンブル障害の本態
A.日本はギャンブル依存大国?
B.調査方法の相違点
1)対象期間(過去1年/生涯)
2)調査尺度(SOGS/DSM-5/ICD-11/PPDS)
C.全国調査における該当者数の推移
D.自然予後
1)自然回復率とその意義
2)5年間の縦断調査
3)問題ギャンブラーの6割以上は自力改善
4)自然経過の多様性
CHAPTER 2 病態
A.モデル(病態仮説)で考えるギャンブル障害
1)疾患・障害概念の整理
2)ギャンブル関連概念の整
3)ギャンブル障害の中核所見をめぐる議
B.ギャンブル障害を理解するための8つのモデルと中核症状
1)動機(自己決定理論)モデル
2)解離モデル
3)力動モデル
4)条件反射(学習)モデル
5)認知モデル
6)物質使用障害(嗜癖:アディクション)モデル
7)社会/環境モデル
8)内省モデル
C.モデルの適用法 ― 教条主義/折衷主義/多元主義
CHAPTER 3 診断
A.症状の組み合わせに焦点を当てたカテゴリー診断
1)DSM-5
2)ICD-11
3)鑑別診断
4)診断閾値下群の臨床的重要性
5)臨床的に有用なサブタイプ分類の試み
B.実害に焦点を当てた多次元診断
1)問題ギャンブル概念の提唱
2)問題ギャンブル概念の欠点とその修正
3)ギャンブルによる七つの実害
C.二つの診断方法にそれぞれ対応した介入法
CHAPTER 4 治療
A.初期介入
1)ギャンブラーとしての自己同一性の尊重
2)動機付け面接法の5ステップ
3)「状態評価/診断」の伝え方
B.心理社会的治療
1)認知療法
2)一般的行動療法
3)欲望充足法
4)行動活性化療法(Behavioral Activation:BA)
5)内観療法
5-1)伝統的内観療法
5-2)内観変法 ― 内観的アドバイス
6)家族カウンセリング
7)認知行動療法に関する論点
C.薬物療法
D.環境療法
1)入院治療
2)回復施設
E.地域資源の活用 103
1)電話相談などヘルプラインの活用
2)債務相談(司法書士 / 弁護士)
3)自助グループ
4)家族会・家族のための自助グループ
5)様々なレジャー活動
CHAPTER 5 治療における実際の手順
A.ステップI 初診面接(あるいはインテーク面接)
1)「(あなた自身が)一番お困りのことは?」
2)「その他にお困りのことは?」
3)「それによる生活への支障は?」
4)「今回の受診のきっかけは?」
5)「ご自分では,これはなんのせいだと?」
6)「ここ(医療機関)で,どんなことをして欲しくて?」
B.ステップII 「診たて」
1)質的評価
2)量的評価
C.ステップIII 患者への説明と治療契約
1)診断・診たて・病態をどう説明しますか
2)治療目標,治療法をどう説明しますか
3)予想される転帰をどう説明しますか
4)治療方針の協議(患者・家族・関係者との)をどう進めますか
D.ステップIV 治療の展開
1)初診時
2)維持期に至るまで
3)維持期以降
CHAPTER 6 病態モデル別治療法
A.動機モデル
B.認知モデル
C.疾患(病気)モデル
D.力動モデル
E.環境モデル
F.内省モデル
CHAPTER 7 治療予後
A.治療予後調査の意義
B.各療法による予後の相違
1)認知行動療法(CBT)
2)動機付け面接(MI)の予後
3)個別フィードバック介入(PFI)
C.介入形式による予後の相違
1)対面式介入法
2)非対面式介入法
D.予後に影響を与える要因
1)初期症状の重症度
2)併存する精神疾患
E.断ギャンブルとコントロールギャンブル
F.インターネット型ギャンブルへの転換が経過や予後に与える影響
CHAPTER 8 ギャンブル障害とうつ病
A.ギャンブル障害と併存精神障害
B.うつ病がギャンブル障害を誘発するメカニズム
C.ギャンブル障害とうつ病とに共通する病態と対処法
1)生育歴からのアプローチ
2)病的な認知へのアプローチ
D.ギャンブル障害と自殺問題
E.統合的アプローチの必要性
CHAPTER 9 高齢者とギャンブル問題
A.好発年代としての高齢者
B.高齢者のギャンブル障害の臨床的特徴
1)症状
2)ギャンブルと孤独との関連
3)認知症との関連
C.診断における留意点
D.ギャンブル障害の分類
1)習慣型(癖になってやめられない)
2)悲嘆型(つらくなるのでやめられない)
3)素因型(遅発型)(気になってやめられない
E.併存精神障害への介入の重要性
CHAPTER 10 ギャンブル障害の予防
A.従来型の予防策 ― 啓発と排除
B.発生現場からの早期介入
1)オンライン化を利用した介入
2)負け追い行動はどのように賭け方の変化として現れるのか?
3)ハイリスクギャンブルの評価基準
4)負け追い行動のパターンとハイリスクギャンブルとの関連性
5)フィードバックアラートの内容とタイミング
C.今後の課題と方向性
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書籍情報
- ISBN:9784498229709
- ページ数:170頁
- 書籍発行日:2025年6月
- 電子版発売日:2025年6月20日
- 判:A5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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