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- 認知症への先入観をほどく−本人・ケアラー・医療者が前向きになれる言葉の提案−
商品情報
内容
認知症にまつわる言葉について考えてみませんか?
診察室、カルテや申し送り、報道やSNSなどのメディア、毎日の家族との会話でも
当たり前に使う言葉が認知症のある人を傷つけ、
適切な医療やケアの機会も奪っているかもしれません。
当たり前すぎて疑いもしない言葉の影響に気づき、
認知症とともに前向きに生きていくために、
認知症を語る時の望ましい言葉とその理由について
認知症の専門医が一緒に考え、提案します。
樋口直美さん(レビー小体病当事者)と富岡由美子さん(ケアする家族)との
精神科医×当事者×家族による特別鼎談収録!
序文
はじめに
二〇二五年の時点で、認知症のある人は六五歳以上で五人に一人、国民の一七人に一人いると試算されています。認知症は珍しいことではありません。誰もが認知症になる可能性があります。そばにいる大切な人が認知症のある状況になるのも珍しいことではありません。認知症は誰にとっても他人事ではなく、自分のこととして認識し、備えておく必要があります。しかし、認知症への理解の仕方、認知症にまつわることを考える時に用いる言葉次第で、認知症のある人のこころが傷つき、認知症のある人、家族を含むケアする人が苦しむ状況になります。
認知症のある人が大切な物のしまった場所を忘れてしまい、誰かが盗んだと言い張ることを「物盗られ妄想」という言葉で表現する人がいます。しまったはずの場所に大切な物を見つけられないという生活の中での失敗は、認知症のある人に、不安、悔しさ、恥ずかしさをもたらします。
しまった場所を忘れてしまい、誰かが盗んだと言い張る状況は、認知症のある人と周囲の人の関係性にも影響します。家族や介護士さんなどのケアする人は「盗んだでしょう」と言われると、身に覚えのないことで責められるので、怒り、苛立ち、不安を抱きやすくなります。認知症のある人を手助けしたいケアする人のこころは折れやすくなります。こうして認知症のある人とケアする人の関係性が不安定になると、認知症のある人は安心して生活するための手助けを得ることが難しくなります。
このように認知症のある人が大切な物のしまった場所を忘れてしまい、誰かが盗んだと言い張る現象は、認知症のある人、ケアする人たちに苦しみを与え、その相談は診察室に持ち込まれます。
診察室に持ち込まれる時、その相談の仕方は大きく三つに分けられます。まず、認知症のある人の隣でケアする人が「大切な物のしまった場所を忘れてしまい、誰かが盗んだと言うようになりました」と、生じている現象をありのままに相談することがあります。この時、隣にいる認知症のある人はケアする人を見て、「そうかしら」「そんなことを言っているの? 私」と尋ねますが、苦笑いをしつつもケアする人との対立は生まれません。
次に認知症のある人の隣でケアする人が「物盗られ妄想で困っています」と、生じている現象を専門用語のような短縮された言葉で相談することもあります。この時、隣にいる認知症のある人はケアする人に対して怒りを向け、強い口調で反論します。何も言わず悲しげにうつむく人もいます。
三つめとして、診察が終わりかけてからケアする人が認知症のある人に対して、先に診察室を出て待合室で待つよう促し、認知症のある人が診察室を出たのを確認してから「実は最近、物盗られ妄想で困っています」と相談することもあります。こうして本人のいないところで本人のことを話し合う状況が繰り返されていくと、認知症のある人は次第に口数が少なくなり、遠慮がちになり、元気のない様子が目立つようになります。
同じ困り事の相談なのに、その後の認知症のある人に生じる変化は異なります。それはなぜなのでしょうか。その理由は言葉の違いにありそうです。生じている現象がありのままに表現されれば、認知症のある人はケアする人が何を相談しようとしているのかを理解することができます。しかし専門用語のような短縮された言葉で相談されると、ケアする人が何を相談しようとしているのか理解しづらくなります。また「妄想がある」と言われて気分がよくなる人はいません。ケアする人が認知症のある人のいないところで相談しようとするのは、「妄想」という言葉が認知症のある人のこころを傷つける可能性があるとわかっているからでしょう。このように認知症にまつわる言葉は、慎重に選んで用いないと、認知症のある人のこころを傷つけ、苦しみを与えかねません。そして家族や医療介護関係者も、自ら発した言葉次第で結果的に自分自身を苦しめることになりかねません。言葉はありふれたものですが、認知症のある人、ケアする人にとって言葉に着目することは重要と言えるのではないでしょうか。
認知症にまつわる言葉について考えていると、「そもそも認知症という言葉で良いのだろうか」と疑問を抱くことがあります。認知症という言葉は二〇〇四年のクリスマスイブに誕生しました。それ以前は痴呆(ちほう)という言葉が用いられていました。痴呆という言葉は認知症のある人への偏見、差別を強めるという理由で、認知症という言葉に置き換えられた歴史があります。それでは偏見や差別を強めると糾弾された痴呆という言葉はどのようにして生まれたのでしょうか。
痴呆という言葉は中国の医学書『景岳全書』に記され、一七世紀、江戸時代の日本に渡ってきました。当初、痴呆は現在の認知症(慢性、進行性にいくつかの認知機能が弱まっていく状態)を意味する言葉ではなく、「感情や行動の変化を呈しつつ、進行し、考えの道筋の乱れが顕著となり、行動がまとまらない様々な精神病症状を示す状態」を意味する言葉でした。その後、一九〇九年、東京帝国大学医科大学精神病学講座教授の呉秀三(くれしゅうぞう)は、当時の精神疾患名に用いられていた癲(てん)(気がふれるという意味)や狂という言葉を避け、ドイツの医学書に使用されていたDemenz という言葉の訳として痴呆を採用しました。呉秀三は当時の日本に蔓延していた精神疾患のある人の私宅監置(したくかんち)(いわゆる座敷牢、かつての日本では精神疾患のある人を自宅の一室などに専用の部屋をつくり閉じ込めていた)の実態を明らかにしたことで有名な精神医学者です。癲や狂という言葉を避けたいと考えた呉秀三は、精神疾患にまつわる言葉が精神疾患のある人への偏見、差別を生み出す理由の一つになっていると考えたのでしょう。こうして早発性痴呆(そうはつせいちほう)(現在の統合失調症)、老耄性痴呆(ろうもうせいちほう)(現在の六五歳以降にはじまる認知症)、麻痺性痴呆(まひせいちほう)(現在の神経梅毒)という言葉が生まれました。しかし、精神疾患のある人への偏見、差別を解消したいという思いとは裏腹に、痴呆という言葉は偏見、差別の象徴になってしまいます。それはなぜなのでしょうか。その理由の一つが報道、メディアによる言葉の拡散にあるという指摘があります。
大正時代、そして第二次世界大戦前後の新聞記事調査をひもとくと、痴呆という言葉が時代とともに変化したことを知ることができます。刑事事件の報道では犯行に精神疾患が影響した可能性がある場合、その疾患名が記載されます。注意すべきは、精神疾患のある人は刑事事件の加害者になりやすいわけではないことです。刑事事件の加害者の中には精神疾患のない人のほうがある人よりも多いのです。しかし報道は加害者に特徴的なことがあればそれを記します。新聞記事調査によれば、当時の刑事事件報道に早発性痴呆、麻痺性痴呆という言葉が登場しています。こうした報道は社会に「痴呆は危険、怖い、よくわからないことをしでかす」という認識を生み出した可能性があります。高齢の人の行方不明や警察保護に関する報道では、老耄性痴呆という言葉が記されました。刑事事件の報道よりも擁護的な内容だったようですが、こうして痴呆という言葉が用いられることは、社会に「痴呆のある人は迷子になりやすい」という認識を生み出した可能性があります。
終戦後の時代、娯楽を提供するメディアの中心に小説がありました。一九七二年、周囲を困らせる行動変化が生じた高齢の男性と、介護する嫁を描いた小説『恍惚の人』が刊行されました。『恍惚の人』はベストセラーとなり、舞台化、映画化、テレビドラマ化されました。『恍惚の人』は、認知症のある人、ケアをする家族に人々の関心を向けたという意味で高く評価すべき作品です。しかし、『恍惚の人』に登場する高齢の男性は、アルツハイマー型認知症があった可能性が高いのですが初期であり、行動変化は罹患した肺炎がもたらすせん妄状態(変動する意識障害)によるものだったと指摘されています。著者の思惑から離れ、『恍惚の人』は「痴呆は周囲を困らせ、介護する人の負担になる」という認識を社会にもたらしました。このように、報道やメディアで用いられた痴呆という言葉は、呉秀三や報道機関、メディア関係者の思いとは裏腹に、認知症のある人への恐れ、偏見、差別を助長することに加担してしまったのです。
それでは偏見や差別を減らす役目を委ねられ、二〇〇四年の一二月二四日、クリスマスプレゼントのようなタイミングで誕生した認知症という言葉はその重い役目を果たせているでしょうか。認知症という言葉は誕生の翌年から認知症サポーターの養成を含む普及啓発活動を通して、またたくまに日本中へ浸透していきました。しかし、認知症のある人の家族を対象にした調査によると、痴呆という言葉に比べて家族の言葉への不快感は減っていたものの、およそ三分の一の家族は認知症という言葉に対して不快感を抱いていました。そしてその不快感には周囲の人たちに認知症があることをオープンにすることへの気後れが関与していました。つまり背景には、社会に依然として横たわる認知症への偏見や差別の認識があり、人々は社会にあるそうした認識を感じると、認知症という言葉に負の印象を強めるのです。
認知症のある人が安心して生活することができ、ケアする家族も大切な人に認知症があることを隠さず、困り事があれば誰かに相談しやすくなるためには、痴呆を認知症という言葉に替えるだけでは力不足のようです。そして認知症という言葉はこのままでは痴呆と同様に認知症のある人への偏見や差別の象徴になってしまいそうです。ただ認知症という言葉自体を替えるのではなく、認知症にまつわる言葉たちに着目し、どのような言葉が望ましいのかを考える必要があります。
医学にはアルツハイマー病、レビー小体病、前頭側頭葉変性症(ぜんとうそくとうようへんせいしょう)など、認知症の原因疾患を根本的に治す力がありません。認知症疾患医療センターという場所に身を置いて、認知症のある人が安心して生活することができるようになるために何ができるのか、医学を学んできた私は、認知症のある人とケアする人を前にして、医学の無力さとともに、期待を裏切っているような申し訳なさを感じています。医学が無力なのだとしたら、医者は認知症のある人とケアする人のために何ができるのか、どうしたら認知症のある人とケアする人が幸せを感じることができるのかということを考えてきた中で、「認知症にまつわる言葉」に着目する必要性に気づきました。医療介護関係者、報道、SNSを含むメディアで言葉を用いる人、あらゆる人たちが認知症について考え、表現し、発信する時に、望ましい言葉を用いることができたら、認知症への社会と人にある認識は、認知症のある人が生活しやすい方向へと変わる可能性があります。認知症は他人事ではない時代です。あらゆる人が本書を通して認知症にまつわる言葉について考え、認知症のある人が安心して生活することができる一助になることを願っています。
目次
一章 言葉に着目する理由
二章 世界にある言葉の手引き
三章 認知症がもたらす影響を語る言葉
精神症状、周辺症状、認知症の行動障害及び心理症状
幻覚
妄想
徘徊
帰宅願望
拒食、拒薬
暴言、暴力、興奮、攻撃性、易怒性
反社会的行動(万引き、窃盗、盗食)
人格変化
弄便
迷惑行為
作話
認知が入っている
異食、過食
性的逸脱行動
ゴミ屋敷
四章 スティグマ化を促す可能性のある言葉
自己抜去(自抜)
遺伝負因
服薬管理、金銭管理
しばる
残存機能
訴える
コール頻回
不穏
不眠
○○ちゃん、手がかからない、スイッチが入る、指示が入らない
こころのケアにおける言葉の指針から学ぶ
五章 ケアする人やケアについて語る言葉
六章 【鼎談】認知症と言葉の関係を考える
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書籍情報
- ISBN:9784880029108
- ページ数:160頁
- 書籍発行日:2025年7月
- 電子版発売日:2025年6月27日
- 判:B6変型
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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