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- 生活障害として診る発達障害臨床
商品情報
内容
序文
はじめに
発達障害臨床の門前にたどり着くまで
私は精神科医を生業にしている.1983年に精神科医になった.
駆け出しの頃,登校しぶりをみせた小学2年生の男の子を心配したご両親が,その子を連れて外来を受診したことがあった.幸い,数か月のかかわりのなかで,この子は自力で登校を再開し通院は終了した.「治療」と呼べるようなかかわりもなく,ただ一緒に宿題をし,ともに楽しく遊んだだけだった.ただ,このとき,私は担任教員との連絡を取ることに苦心した.この子と出会って以降,私は市内の小中学校の電話番号をコピーして手帳に貼り付けた.
その後,小学1年生の男の子を担当した.自閉症と診断されたその子は私の先輩が担当していたが,長期出張のために私がその後を引き継いだ.先輩の指示に従い,面接時に私はその子をだっこしてタカイタカイをし続けた.彼は,診察室に入ると,箱庭療法で使うミニチュアを箱庭の砂の上に一列に並べる.毎回同じことが繰り返される.それ以上のかかわりは難しく,私は言葉でのやりとりに苦心した.思案の末,私は彼の通う小学校を見学に行き,学校での様子を見た.彼は一日中グラウンドを走り回っていた.その後,母親と担任が一緒に診察室へ来られた.担任は,母親にわが子へのより献身的な養育を求め,日々苦労し続け疲弊していた母は,力なくうな垂れ続けた.私は何もできずに間にいた.ほどなく,その家族は転勤のため転居されていった.
私は,子どもを支えるためには,関係者と円満な連絡連携を取ることと家族を応援することが必要不可欠であるということを痛いほど学んだ.
1990年当時,確定診断がつかない中学生,高校生とよく出会った.彼らは当時,少しずつ相談が増えた不登校と家庭内暴力を主訴にしていた.今でいうところのひきこもりに近い子もいた.何人かは,往診し短期間の入院を必要とした.かかわりを深めようとしたが,結果は散々だった.かかわる把手が掴めないでいた.時々一緒に散歩したときに,「高校に,行きたいんだよね」,「僕には友達がいない」,「学校に行くと,みんなの視線が怖い」とぼそっと語り,すぐに皆,口を噤んだ.
発達障害にかかわるようになった今,私はあの子どもたちが抱えていた生きづらさに,発達障害の特性の一部を認めることができる.
当時は,自閉症に関する情報も多少はあったが,多くの発達障害についての文献はとても少なかったし,何よりも私自身,経験がなかった.今,私は,当時の彼らのことを思い出しては,私の無知を恥じながら,謝り続けている.山下 1)は,精神医学的診断とは「必要なあらゆることを知りつくそうとする終わりのない努力」と述べている.今も私は自分の努力不足を恥じ続ける.
1995年くらいから,私は児童相談所の嘱託医になった.そこでの私の仕事は,医学的診断を家族に説明するものであった.初対面のご家族に1 時間以上の面接をし,子どもの様子を聞き取り,行動観察をしても,所詮は初めて出会っただけにすぎない.私は,初めて出会った医師がいくら児童相談所の記録や検査結果を見聞きしたからといって,そう簡単に医学的診断がつくのだろうかという,親の気持ちからすれば当然の強い疑いのまなざしにさらされる.それを乗り越え,診断名を家族に伝える.ほとんどの家族が,初対面の私の言葉を受け止めきれずに大きなショックを抱える.私は,このかかわりは間違いだと反省した.わが子の様子を心配し,この後の育ちに不安を抱えている親に対し,初対面である私は,医師としてそこにある事実や仮説を伝える前に,まず,これまでのかかわりをねぎらい,これからの生活について相談しあえる関係づくりを心がけるべきなのだ.私は,狭義の医学的対応を急ぐあまりに,相手の心を大切にしていないことを痛感し恥じた.
結局私は,時間を必要とする関係づくりのために,私の外来に継続して受診してくれるように頼むことが,児童相談所での仕事となった.親子との関係づくりに腐心し,保育・教育関係者に連絡をし,どうしたら今の生活をほんの少しでも落ちついた生活に変えることができるかを,かかわりの中心においた.こうした関係づくりには時間がかかること,でもそれだけの価値ある結果を得ることも少なくないこと,そして私自身が,親子や多職種の方々から力がもらえることを学び,臨床にある相身互いを知ることになった.山下 2)も,診断とは「基本的には人間が人間を診ること」で,そのために「診察者と受診者が互いに語り合い,問いつ問われつしながら人間的交流を深める共同作業」と述べている.臨床のなかで,私は人間的交流を深める共同作業とは,診察者と受診者だけでなく,家族と関連する多職種者にも求められるものであると実感した.
発達障害臨床を実践していくなかで,改めて,私の仕事は日々の生活相談であると自覚した.診察室ではそれぞれの生活が語られる.対応すべきは,この子にあるつまずきだけではなく,共に暮らす家族の心に休息を提供することであったり,家族間の意見や考えの相違に折り合いをつけ,そこにかかわる多くの職種の方々と意見を交換することで相互理解を図ることである.その後,2002年まで児童精神科病棟と外来診療を担った.外来診療では発達障害圏の子どもたちの相談が急上昇していた.そこで行う生活の相談と応援には,多職種との協働と環境調整が必須となった.発達・養育に関する相談や応援,さらに学校や家庭などの環境調整といった広範な対応が求められた.しかし,それは,医療経済的には成り立ちにくい行為となり,医療機関への後ろめたさと,日々の臨床の疲労感が蓄積されていった.
その後,研究所や大学機関での仕事に従事する機会を得て,しばしのあいだ,臨床から離れ,改めて己の身の丈を計り,このまま臨床の最前線から身を引き続けてよいのかと悩んだ.私は,その間,臨床への責務を背負わないなかでの言動に,あるいは生活に最も遠いところからの己の言動に,だんだんと自己嫌悪し,結果それまでの仕事を辞し,2012年にクリニックを開いた.残りの人生を臨床に賭ける覚悟をした.
これまでの経験を追想し,失敗からの学びと臨床から離れた時期に学んだものを加味し,再び血が通う言葉での人間的交流を深める共同作業に従事しよう.私は,相談したい人が主人公で,自分のもつ生活能力を生かすことができるクリニックを目指している.クリニックを生活の応援の足場にしたい.その時点で行える最善の診立てをもとに,生きづらさを抱えている方と家族に対して,可能な範囲での現実適応へ至る生活手段を一緒に検討し,さまざまな手立てを提案しつつ,来られる方々に自己選択してほしいと思う.私は,生きづらさを抱えている方にある生きる力,自己治癒力を信じ,生きづらさを抱えている方と家族にある生活する力を最大限に尊重して,共に生き続けることを応援したい.
発達障害をもって相談に来られる方は,実は生活障害に困っているのだ.本書は,こうした思いを背景にした,私の発達障害臨床の実践の記録である.
目次
第1章 「生活障害」としての「発達障害」
1.発達障害は増えているのか
2.そもそも発達障害とは
3.発達を考える
4.スペクトラムとしての発達障害
5.生活のなかでの発達障害の評価
6.精神医学の宿命
7.発達障害は生活障害
8.DSM-5 からみた発達の障害(生活障害)
a.神経発達症群(neurodevelopmental disorders)
b.神経発達症群との鑑別あるいは併存する生活障害
9.その人の心のありように近づく診断の意味を考える
a.スタンダードなガイドラインとしてのDSM-5
b.臨床診断の原則
第2章 ライフサイクルからみた面接の工夫と治療の実際
1.面接で心がける3 つの視点
2.ライフサイクルにおける心の危機
a.親になる前の心の危機
b.出産から幼児期前半までの心の危機
c.幼児期後半の心の危機
d.学童期の心の危機
e.思春期の心の危機
f.青年期以降の心の危機
3.ライフサイクルによる面接の工夫と治療の実際
a.出生後から就園まで
b.就園から就学前まで
c.小学校
d.中学校
e.高等学校
f.大学
g.成人
第3章 ライフサイクルのなかで行う鑑別診断を通した支援
1.出生後から就園まで
2.就園から就学前まで
3.小学校
4.青年・成人
5.思春期(中学校,高等学校)
第4章 二次的問題について
1.出生後から就園まで
2.就園から就学前まで
3.小学校,中学校
4.思春期
5.青年・成人
第5章 きょうだいを考える-映画『シンプル・シモン』から-
1.発達障害をもつ方のきょうだいのさまざまなありよう
2.きょうだいの思い,親の思い
3.映画『シンプル・シモン』にみるきょうだい関係
第6章 精神療法的視点における抄察
1.精神療法的視点とは
2.発達障害への精神療法と精神療法的視点
第7章 薬物療法について
1.精神科薬物療法を考えるとき
2.精神科薬物療法にある課題-特に子どもに対するとき
3.子どもへ精神科薬物療法を行ううえでの留意点
第8章 福祉・教育・医療の現状と課題
1.福祉の現状と課題
a.経済保障
b.自立支援医療制度
c.障害手帳
d.児童福祉法・障害者総合支援法に基づく障害福祉サービス
2.教育の現状と課題
3.発達障害者支援法の改正
4.私の医療の現状と課題
おわりに-発達障害臨床から素人の相談者へ
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書籍情報
- ISBN:9784521744285
- ページ数:176頁
- 書籍発行日:2016年9月
- 電子版発売日:2025年8月7日
- 判:B5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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