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リシェの美術解剖学 増補版
- ページ数 : 292頁
- 書籍発行日 : 2025年12月
- 電子版発売日 : 2026年1月16日
商品情報
内容
『美術解剖学 ANATOMIE ARTISTIQUE: DESCRIPTION DES FORMES EXTETRIEURES DU CORPS HUMAIN』は、130年前に出版されて以降、美術解剖学の教科書としてずっと読み継がれています。110以上の図が並べられ、文章は付属物としての位置づけですので、図だけ見ていただいてもOK。文章を読めば、より理解が深まります。
本書は、美術解剖学の専門家が日本語に翻訳した内容充実の本です。実際に解剖も行っている訳者は、その正確さから、「一生使える教科書」と紹介していて、美術解剖学の金字塔とも言える本です。
人体を描くことを生業にしている画家、彫刻家、漫画家、イラストレーター、アニメーター、CGアーティスト、ゲームクリエーター、デザイナーはもちろん、日常診療で人体に触れている医師、理学療法士、鍼灸、柔整体関係の方々にもぜひ読んでほしい1冊です。
序文
序文
作品の中で人体の多様な側面を再現しなければならない画家や彫刻家といったあらゆる芸術家にとって、解剖学を学ぶことがいかに重要であるかをここで長々と説くつもりはない。かつては議論のなされた命題であったが、今日では、もはや疑問となることはない。
ジェルディ〈Gerdy, Pierre Nicolas. 1797-1856〉は次のように述べている。「解剖学は、眼差しの手引きとなる。皮膚を透過させ、ヴェールに覆い隠された部分を想起させることによって、芸術家の知性に体表における形態を示す。解剖学はいわば拡大鏡であり、極小の細部に至るまで形態を明瞭に可視化させる。この拡大鏡によって、芸術家はより鮮やかに、そしてより素早く人体を観察することができる。頭の中で形態がはっきりと捉えられているので、高い正確性をもってそれらの形態を表現できるのである」
結局のところこれは、モンテーニュ〈Montaigne, Michel de. 1533-92〉が唱えた偉大な原理と同じことである。すなわち、「聞くこと、そして見ることは、精神のなせる業である」。ペーズ〈Peisse, Jean LouisHippolyte. 1803-80〉もまた、以下のように同様の指摘をしている。「目に映るのは、観察したもののみである。そして、目が観察するのは精神に内在するイデアの中にあるものだけである」
美術解剖学、すなわち造形芸術に応用された解剖学は、外形に関する科学であり、外形と深層の部分との関係についての科学である。美術解剖学の目的は、休息時またはさまざまな運動時における人体がなぜそのような外形をとるのかを、芸術家に対して示すことにある。
私がこの本を著した目的は、このように高度に専門化した分野を学ぶために、常に芸術家がたどらなければならぬ長くて険しい道のりを楽にすることである。本書は、以下の2つの原則に従っている。
1. 図を最も重要度の高いものとすること。つまり、言葉で説明する代わりに、できる限り図で示すことである。その結果、本書全体の内容がプレートの中に含まれ、文章はいわゆる付属物にすぎないものとなる。
2. 文章の展開と同様の分析から統合という原則に従って、図を並べていく。つまり、簡単なものから複雑なものへ、周知のものから未知のものへ、そして部分から全体へと進めていく。
読み進めや参照を容易にするため、必要な各部の名称はページの下にまとめる代わりに、図の両側に間隔をおいて配置した。そして、図はタイトルとサブタイトルの付いたプレートの中に集めた。その並びは、ジュネーヴの作家テプフェール〈Töpffer, Rodolphe. 1799-1846〉の言葉を借りれば、「版画」による真の解剖学を表現している。テプフェールは、以下のように述べている。「物語は、章、行、単語によって記述される。それが本来の意味での文学である。物語は、図で描いた場面の連続によっても紡ぐことができる。それが、版画による文学である」テプフェールが文学に関して述べたことを、本書では、解剖学について応用しようと試みている。
しかし、美術解剖学は、単にほどよく明快な解剖図の連続や、記述解剖学について簡単にまとめた文章で構成されるのではない。美術解剖学が真に造形芸術に応用される解剖学となるためには、深層の形態と外形、および解剖学的な知識と裸体像の関係を、ごく詳細なところまで確立しなければならない。それは、裸体像のみを観察し、規則通りに説明しただけでは、なし得ない。
芸術家にとって参照可能な解剖学書のうち、最もよく知られていて最も高く評価されているのは、まさにマティアス・デュヴァル教授〈Duval, Mathias-Marie. 1844-1907〉による『芸術家のための解剖学概説』〈Précis de l'anatomie à l'usage des artistes. 1881〉である。しかし、それに並んで、より多くの図を含み、解剖学的な解説に加えて外形に関する研究も独立させて記載した新たな1冊を世に出す余地があると考えた理由は、まさに前述のとおりである。
したがって本書は、2部で構成している。第1部は解剖学に関する研究であり(解剖学編)、第2部は外形に関する研究である(形態学編)。
解剖学編では、骨学もしくは骨の研究、関節学もしくは異なった骨同士を連結させる関節の研究、そして筋学もしくは筋の研究を行う。最終的には、浅層におけるいくつかの静脈に関する解説、そして皮膚およびその下の脂肪層に関する非常に重要な研究で締めくくられる。
解剖学編全体を通して、人体像は直立、静止した状態で表される。頭は前方を向き、腕は胴体の近くにあり、前腕は回外した状態で手のひらは前方を向き、両足は踵から母趾までほぼ接するように揃えている。この姿勢〈解剖学的正位〉は慣習的に使われるものである。この姿勢こそ、あらゆる時代の解剖学者がその著作の中で人体を描くときに用いたものである。今日普遍的に認められている用語は、この姿勢を基にして生まれているので、変えることはできない。
したがって、本書の解剖図では、人体像を解剖学的正位の姿勢で表している。さらに図はすべて、2つの基本的な視点からのみ描かれている。すなわち、前後および横からである。前後の視点は前方または後方からの視点で、横からの視点は右か左、もしくは内側か外側からの視点である。方法論的な理由から、その中間の視点、すなわち斜め方向からの視点は除外されている。すなわち、図の中では、図法幾何学において正射影と呼ばれるものをできる限り形にしている。そのため、結果として歪みは生じるものの、遠近感はすべて抑えられる。芸術的な観点からすれば短所と言えるかもしれないが、明快さは確実に増す。そして、この明快さこそが、本書の主要な目的なのである。
骨学についてのプレートでは、まず1つ1つの骨について、骨格における互いの影響関係から独立して見ていく。次に、骨と骨が結びつけられ、さらに骨格のより大きな部分を形成するようにまとめられる。靱帯については、個別に表すのではなく、靱帯が維持している骨の後に記述している。骨学についての解説も、同様の順序で記述している。まず骨を1つ1つ研究した後、その相互関係について見ていく。骨格の解説の次に、骨格によって形成される関節の解説がある。この部分には、関節のメカニズムを理解するために必要な生理学上の情報も含まれている。最後に、形態に対する骨格の影響、すなわち骨格の集まりからどのように外形の輪郭が浮かび上がってくるかを、体の各領域の骨格についての段落の中で記述している。
すべての骨について描写した骨学についてのプレートと同様に、筋学についてのプレートでも、すべての筋肉、つまり深層の筋から浅層の筋に至るまで描写している。この方法は十分に論理的であるが、結局、美術解剖学書では、一般に浅層の筋のみで十分だとしていて、ほとんどこのような方法は採られない。
初めに描くのは深層の筋、つまり骨格に直接付着している筋であり、次は中間層で、そこから体表の筋に向かって系統的に進んでいく。こうして読者は、いわば筋の「服」を次々とまとっていく骨格を目にする。そして、中心から周辺に向かって見ていくことにより、人体の塊を構成する未知なものがなくなり、結果として形態を正確に表現できるようになる。つまり、体表がもはや謎を包み隠すものではなくなるのである。それは深部の形態がつくり上げたものであって、体表は筋学に基づく自然で論理的な結果として現れるのである。
また、深層の筋は、たとえ外形に直接的な影響をおよぼさずとも、さまざまな動きの中で浅層の筋と同じ度合で働いているため、その生理学上の役割を過小評価することはできない。
筋学についての文章では、既定の流れに沿って、1つ1つの筋に関して独立して解説してある。その正確な付着部、形、量感、それぞれの筋が外形のどの部分に影響をおよぼしているか、注意深く示してある。
このように、本書の解剖学編にはすでに、外形の要因についての数多くの指摘が含まれている。しかし、前述したように、この部分は我々の目指す目的の半分を構成しているにすぎない。つまり「形態」の分析のみを表しているのである。したがって、本書の第2部において、その統合を再構成する必要がある。
第2部は、いくつかの原則に従って表されているので、その原則について多少説明することが望ましいだろう。私は、線の方向、すなわち体表における外観上の要素に関しては、科学が芸術家に教えられることは何もないと考える人間の一人である。芸術家と呼ぶにふさわしい者は、瞬時に形態そのものを捉え、見極め、判断し、そして解釈する能力を生まれながらにしてもっている。それは形態にとどまらず、色についても言えることである。一人一人の芸術家は、その気質に応じて独自の視点をもっている。したがって、芸術家が求めている美しい仕上がり、力強い線、そして艶めかしい輪郭については、それを解剖学の記述に求めても何も得られない。
芸術の役に立とうと考える解剖学者は、少なくとも余計な美学的考察に首をつっこむようなことをしないで、1つの目的だけに専念しなければならない。すなわち、美的な精神からは完全に離れたところで、生きた自然をありのままに、そして外形と深部を、その関係において正確に描写するように自制することである。その特徴について述べるにとどまらず、明示して解説するように努めなければならない。そのために必要なのは2つの要素、すなわち明快さと正確さである。
この目的のために、ジェルディによる先例に従いながら、私は人体の体表をいくつかの領域に分け、各領域の名称およびその形態学的な詳細、すなわち面、突出部およびくぼみについて、特別な用語で定義した。こうしたことは、全体の研究を単純化し明確にするために、そして異なるモデルにおける同じ部分、もしくは1人のモデルが異なる姿勢をとったときの同じ部分を比較するために、必要であった。足、手、手首、脚などに体を分けるとき、たしかに、その分割の仕方は子供じみて見えるだろうが、例えば胴体のいくつかの領域の境界を定める際などには、どれほど役立つか明白である。このような視点から言えば、人体の形態学は馬の形態学に比べて厳密ではない上に、あまり知られていない。
裸体像を表したプレートは、2つの系列に分けた。1つ目の解剖学のプレートでは、人体像を解剖学的正位で表している。
3つのプレートでは体全体をさまざまな視点から描いており、人体の形態に関する真の地形学を構成している。
その他のプレートでは、体における大きな区分が別々に描かれており、さまざまな領域の形態学について、微細な細部に至るまで研究することが可能となる。それに加えて、文章中にも男性と女性を形態学的に比較するためのスケッチが含まれている。
2つ目の系列の図は、体のさまざまな動作によって生じる外形の変化を表している。この部分は、本書全体の中で非常に重要であり、その前に登場したプレートのすべては、いわばここに行きつくための準備である。
ほぼ無限の多様性をもつ人体の動作について、そのすべてを表現することは不可能なので、選別し、分析して進めていくことが必要であった。全体の動作を構成するのは、さまざまな部位の部分的な動作のみである。したがって、部分的な動作のみに焦点を当てることとした。各部位の動作が、どれほど異なっていようとも、それを構成する数個の動作に絞ることは簡単である。それこそが、基礎的で単純な動作であり、それ以外の動作はただの組み合わせにすぎないのである。
したがって、体の各部位における基本的な動作のみを表すだけで十分であった。なぜなら、そのうちの1つ、または複数の動作が、動作中の体全体によって実現される高度な組み合わせの要因となるからである。
それゆえに、頭部と頚部の動作を表すのに、屈曲、伸展、回旋、側屈の4つの図を描いている。
胴体に関しては、まず肩と腕を動かしたときの変化について示してある。次に、胴体そのものの動作を表しており、それは4つの主要な動作、すなわち、屈曲、伸展、回旋、側屈にまとめることができる。
上肢では、特に回旋の動作について解説してあり、4つの異なる姿勢、すなわち、回外位、回内位、中間位、そして努力回内位で描いている。次に表してあるのが、さまざまな角度の腕の屈曲である。
最後に、下肢を描いたプレートでは、努力屈曲位と屈曲位の脚を描いている。足は上げられているか、地面に着いている。
先に登場した図の1つ1つには、分析を容易にするための解剖学的なスケッチを付随させた。それに加えて、休息時や主要な動きにおける外形を表したすべてのプレートには、文章が対応している。この文章は、形態学の解説だけでなく、動き自体の解説を含み、さまざまな骨の“てこ”の運動と、そこに働く筋の力という2つの視点から書いている。
最後に、人体のプロポーションに関する研究で、本書は締めくくられる。形態学的な図に関しては補足説明を読者にしなければならない。まず強調したいのは、人体の外形の模範といった類のものを芸術家に示そうと考えたことは一度もないということである。
したがって、形態そのものに関する問題は、完全に読者にゆだねている。私が自身に課した役割をここで定義したい。それは、単純に情報を提供するということである。
図は、生体を基にして描かれており、厳選なる探究の結果、2人の人物をモデルにしている1。この2人が選ばれたのは、美的な法則によるのではなく、明快さと方法論のためである。彼らの体はきめ細かい肌と力強い筋肉組織をもっており、脂肪組織はほぼ完全に欠いていた。そのため、2人の体の形態は単純というわけではなかったが、非常にはっきりとしており、研究と論証のために実用的であった。この形態について観察する方法を学べば、より若く、太った、一言で言えば単純だが読み取りにくいモデルにおいても、同じ形態を認識できるようになるだろう。1:1人は四肢、もう1人は胴体のモデルとなった。
要するに、私の目的は、読みやすくて調べやすい完全に技術的な手引書を芸術家に提供することにある。この手引書の中には、モデルの選び方ではなく、自分が選んだモデルについての読み取り方と、それを理解するのに必要な手引きが示されている。
次に、医師に対しても一言述べたい。本書は特に芸術家を対象としているが、医師に向けたものでもある。
ジェルディは長い間、人体の外形に関する解剖学は、外科医にとっても価値があると考えていた。彼は以下のように述べている。「外形は、中にある形態との関係において、体表に見えるものによって、体の奥深くに隠れているものを外科医の知性に示してくれる」
しかし、指摘しておかなければならない視点がもう1つある。これは外科医にとってはもちろん、内科医にとっても関心が高いものであろう。すなわち、疾病による変異についての診断のために、通常の外形に関する正確で的確な知識をもっていることが有用となることは、議論の余地がない。権威であるジャン・マルタン・シャルコー教授〈Charcot, Jean-Martin. 1825-93〉は、最近サルペトリエール病院の聴衆に対して、裸体の研究が内科医に与える利益について、余すところなく語った。
「諸君、神経病理学の分野において、倫理上の問題がない限り、患者を裸体で観察することが重要であると説きたい。
現実的に、我々医師は芸術家と同様に、もしくはそれ以上に裸体について知っていなければならない。もし、彫刻家や画家が作品の中で間違いを犯したとすれば、それは美術的な視点からは重大な事柄であるに違いないが、結局のところ臨床的な観点から言えば、重大な結果をもたらすものではないだろう。
しかし、あまりにもよく起こることだが、もし内科医や外科医が突出部や通常の起伏を変異と見間違えたら、もしくはその逆のことが起きたらどうなるだろうか? このような余談を述べるのは申し訳ないが、このことによって、内科医と外科医のどちらもが裸体についての内科外科的な研究をする必要があると再認識されるきっかけとなるかもしれない」(注:火曜講義、1888年10月30日、2年目、p.21)
したがって、患者の裸体を観察し、そこから病理学的な情報を得るためには、通常の裸体について十分に知っておく必要がある。このような研究は、医師によって軽視されてきた。実際に我々医師の間には、形態の解剖学を初歩的な科学とみなす一種の先入観が存在すると言わざるを得ず、それについては芸術家に進んで任せてしまい、医師は形態についてすでに十分理解していると考えてしまうのである。
たしかに、解剖が行われる階段教室に通い、死体の内外のあらゆる方向にメスを入れ、どんな小さな器官や線維も見逃さずに観察したことのある解剖学者は、蓄積された解剖学的な知識の中に、外形に関するものも無条件に含まれると想像するだろう。そして、人体の形態学について特に学んだことがなかったとしても、知り尽くしているはずだと思い込んでしまう。しかし、それは錯覚にすぎない。我々は、非常に優れた解剖学者が、生きた裸体を目の当たりにして当惑するのを目撃したことがある。その際、彼らは特定の思いがけない隆起や突出部に関して、それが実際には完全に通常の突出であるのにもかかわらず、記憶を頼りに解剖学的な原因を無益に探ろうとする。
このようなことが起こる理由は、簡単に説明できる。すなわち、死体の研究をしても、そこに存在しないものは見つからないからである。解剖をすることで、人体という機械の中に隠れている仕組みをすべて明らかにすることができるが、それは外形を破壊するという代償のもとにのみ成り立つ。死そのものは、死の瞬間から体に影響をおよぼし、組織全体の奥深い変化により、外形が著しく変わり果ててしまう。無限にある動きの多様性の中で、生命が人体のすべての部分におよぼす絶え間ない変化を掴むために必要なのは、動かない死体ではない。したがって、解剖学の階段教室において、死体の研究と同等に生体のモデルの研究を導入することが望ましい。この方法は非常に有用であるに違いない。
実際のところ、形態の解剖学は生体からしか学ぶことができない。たしかにその土台は死体から導き出された考えによるものであるが、その知識を活気づけ、生き生きとしたものにすれば、生命に満ち溢れた人体を再現できるようになる。
その方法は統合である。そして、その手段は裸体の観察である。その目的は、生体の形をつくる多様な要因を発見すること、およびそれを描写することである。したがって、生体の形態は、それ自体のために研究される必要があり、それによって純粋かつ単純な解剖学では学べない認識が得られるのである。
最後に、本書はサルペトリエール病院の研究室において生まれた。本書の執筆中、常に励ましや助言を惜しまず与えてくださった師のジャン・マルタン・シャルコー教授へ深い感謝の意を述べる。
また、サルペトリエール病院の院長であるル・バ氏〈Le Bas, Léon Grujon. 1834-1907〉からも、温かいご協力をいただいたので、心からの謝意を述べたい。さらに、医学部の解剖学研究室の主任である私の良き友、ポール・ポワリエ博士〈Poirier, Paul-Julien. 1853-1907〉にも感謝したい。彼は無条件に自らの解剖学的な知識を私に伝えてくれただけでなく、彼が管理する階段教室の貴重な設備を提供してくれた。
パリ、1889年
目次
第1部 解剖学
Ⅰ 骨学と関節学
第1章 頭部の骨格
第2章 体幹の骨格
第3章 上肢の骨格
第4章 下肢の骨格
Ⅱ 筋学
総論
第1章 頭部の筋
第2章 体幹と頚部の筋
第3章 上肢の筋
第4章 下肢の筋
Ⅲ 静脈
Ⅳ 皮膚と脂肪組織
第2部 形態学
第1章 頭部と頚部の外形
第2章 体幹の外形
第3章 上肢の外形
第4章 下肢の外形
第5章 人体のプロポーション
補足プレート
ポール・リシェと本書の紹介
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書籍情報
- ISBN:9784897755090
- ページ数:292頁
- 書籍発行日:2025年12月
- 電子版発売日:2026年1月16日
- 判:A4変型
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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