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- 小児科医の祖「銭乙」の記録
商品情報
内容
<あとがきより>
本書の翻訳を志したきっかけは、日々の小児診療の中で、小児医療の祖といわれる、中国宋代の名医「銭乙」を紹介したいとの思いからでした。
『小児薬証直訣』は、単なる古典医書ではなく今なお、小児を診る視点に多くの示唆を与えてくれます。そこには、銭乙は小児を「未だ成長の途上にある存在」と考えながら小児を丁寧に観察していた姿勢が強く感じられました。
原文は簡潔にして含意が深く、一語一句に学術的背景と臨床経験が凝縮されていました。その思想を損なうことなく、かつ現代日本の読者に理解しやすい形で表現することは容易ではありませんでした。できる限り原意を尊重しつつ、臨床の現場で読まれることを意識し、平易な訳文となるよう心がけました。
現代医療は大きく進歩しましたが、それでも子ども一人ひとりの体質や成長を丁寧に見守り考える姿勢は、時代を超えてなお変わらぬ大切な姿勢であると感じています。本書が、日本の小児漢方診療を担う方々のみならず、子どもに関わるすべての方にとって、原点を静かに見つめ直す一助となれば幸いです。
(渡邉俊介)
序文
訳者まえがき
『小児薬証直訣』という書名は、宋代の閻孝忠(えんこうちゅう)が、太医丞であった銭乙(せんいつ)の小児科に関する医論・医方(処方)・医案(症例記録)を整理・編纂した際に定められたものである。銭乙により『神農本草経』、『黄帝内経』、『傷寒論』、『金匱要略』などを発展させた理論は、後世にも多大な影響を与えている。金元四大家と呼ばれる、劉完素(寒涼派)、張従正(攻下派)、李東垣(補土派)、朱丹渓(滋陰派)の学術思想や治療に影響を及ぼした。さらには、その後の温病学としての清代の医師、呉鞠通(呉瑭)によって書かれた『温病条弁』にも銭乙の学術思想がみられている。このように、銭乙は後世の小児漢方診療の発展に大きな影響を及ぼしていたと考えられるであろう。
そして、『小児薬証直訣』の条文を五臓別に収載しなおした『小児薬証直訣類証釈義』(兪景茂、貴州人民出版社1984)があるも、日本では全編を通した『小児薬証直訣』の翻訳版は未だなく、これを通して今後の小児漢方診療への役に立つことを願い本稿を通して紹介したい。
日本小児漢方への『小児薬証直訣』のかかわり
日本に医学が伝わり始めたのは400年代であるが、7世紀になると遣隋使や遣唐使の時代に中国の医学書が数多く伝来してきた。本邦最古の医書である『医心方』(丹波康頼、984年)に小児領域の記述があるが、本格的な最古の小児科専門書は、室町時代に曲直瀬道三(まなせどうさん)により著された『遐齢小児方』(かれいしょうにほう)(1568年)である。後世派(*)と呼ばれた曲直瀬道三は、室町時代に明に留学し金元四大家の医学を学んでいた田代三喜(たしろさんき)を師とし、李朱医学(金元四大家の李東垣と朱丹渓の医学思想を統合した中国医学の一派でともに脾胃を重視していた)を学んでいる。先に述べたように、金元四大家の学術思想や治療に『小児薬証直訣』が影響を及ぼしたことを踏まえると、『小児薬証直訣』が日本小児漢方へ少なからず影響していたことがうかがえる。
* 後世派: 後世方派ともいう。江戸時代の漢方医学には、後世方派と古方派という二つの主要な流派があった。後世方派は金元医学の影響が大きく、陰陽五行説を尊重していた流派である。それに対し、古方派は『傷寒論』や『金匱要略』の薬方を重視した流派である。
銭乙の生い立ちと経歴
銭乙(1037−1119)、字(あざな)は仲陽。先祖は銭塘(現在の浙江省杭州市)に居住しており、その祖父は五代十国時代の呉越王・銭鏐(せんりゅう)と同じ一族である。北宋の初期に山東の鄆州(現在の東平県)に移り住んだ。父の銭顥(せんこう)は鍼灸の術に長けていたが、東の海へ旅に出たまま帰らぬ人となった。そのため、銭乙は幼少期に叔母の夫である呂氏に従って医学を学んだ。『黄帝内経』、『傷寒論』、『神農本草経』、『顱顖経(ろしんきょう)』などの医書を精査・研究し、さらには天文や地理にも広く通じ、読まぬ書物はないほどであった。臨床においては博識で、一分野に留まる医師ではなく、40年余りにわたって小児科医療に従事し、その名は朝廷から民間まで広く知れ渡った。元豊年間、長公主(皇帝の姉妹)の病を治療した功績により「翰林医学」の官職を授かり、緋色の官服を賜った。後に「翰林医官太医丞」へと昇進した。
銭乙の医方や医論は北宋時代に広く流布した。著書には『傷寒論指微』、『嬰孺論』などがあったが、残念ながら現在は散逸して伝わっていない。本書に収録されている「銭仲陽伝」は、宋代の尚書右僕射(宰相)であった劉摯の息子・劉跂(りゅうき)によって執筆されたものである。劉跂は元豊年間の進士(科挙の最⾼位合格者)で朝奉郎の官に就き、文筆に優れ『学易集』を著した。「銭仲陽伝」の一文は『宋史・列伝』にも収録されており、銭乙の生涯を知る上で高い史料価値を持っている。
『小児薬証直訣』の概説
閻孝忠が編纂した『小児薬証直訣』(1119年頃に成立)は、上巻、中巻、下巻の3巻に分かれている。上巻は小児科診察で診るべき原則を項目に分けて述べている。中巻は23例の臨床記録を、下巻は方剤120種が載せられている。
銭乙の独自の見解がいたるところに見出され、学術思想と臨床経験を踏まえた理論と実践を弁証論治と生体観念に基づいて構成された漢方の小児科専門書である。この書は、小児の臓腑が柔弱であり、虚し易く実し易い、寒し易く熱し易いという診察の注意点を述べており、重要な内容となっており、小児の生理や病理特徴だけでなく、小児の脾胃と腎の弁証施治を重要視している。その功績は中国清朝時代の第6代皇帝、乾隆帝の勅命により編纂された『四庫全書』にも「銭乙の小児科は当時に冠として君臨していた」と評価されている。
そして、銭乙は新方剤の創方にも取り組んでおり、とりわけ有名なのが、八味丸から小児用に創方した地黄丸(現在の六味丸)で、小児科医だけでなく、のちの漢方医学の理論と臨床にも多大なる影響を与え、現在も息づいている。
本書は、『小児薬証直訣』の原序、上巻、中巻の和訳を記す。下巻は上巻や中巻に出てくる各種方剤の構成や投与方法について記載されているが、現在入手困難な生薬もある。そのため、『小児薬証直訣』に記載があった方剤のうち、現代でも使用されている方剤について効用と構成を記した。
また、付録は閻孝忠が追記した内容(治法と小児投与量)が載せられている。
この本を翻訳するにあたり、以下の参考書を使用した。
改訂版 中医基本用語辞典
監修:高金亮 主編:劉桂平・孟静岩
翻訳:中医基本用語辞典翻訳委員会
出版社:東洋学術出版社
発行日: 2020年4月
中医学教科書シリーズ 中医小児科学
主編:辰巳洋
出版社:源草社
発行日:2018年12月
2026年5月
訳者 渡邉 俊介
目次
序 一
序 二
原 序
导 读
整理说明
原 序 【対訳あり】
重刻钱氏小儿药证直诀序
钱仲阳传
巻上 脉证治法 (上巻 脈証治法)【対訳あり】
(原文)小儿脉法 / (翻訳)小児脈法
(原文)变 蒸 / (翻訳)変 蒸
(原文)五脏所主、五脏病 / (翻訳)
(原文)肝外生感风 / (翻訳)肝外風動
(原文)肝 热 / (翻訳)肝 熱
(原文)肺 热 / (翻訳)肺 熱
(原文)肺盛复有风冷 / (翻訳)肺盛の上に風寒がある
(原文)肺虚热 / (翻訳)肺の虚熱
(原文)肺脏怯 / (翻訳)肺臓怯
(原文)心 热 / (翻訳)心 熱
(原文)心 实 / (翻訳)心 実
(原文)肾 虚 / (翻訳)腎 虚
(原文)面上证 / (翻訳)顔の症状
(原文)目内证 / (翻訳)目の色や光沢の症状と治療
(原文)肝病胜肺 / (翻訳)肝病が肺を凌ぐ場合
(原文)肺病胜肝 / (翻訳)肺病が肝を凌ぐ場合
(原文)肝有风 / (翻訳)肝に風がある
(原文)肝有热 / (翻訳)肝に熱がある
(原文)肝有风甚 / (翻訳)肝の風が甚だしい
(原文)惊痫发搐 / (翻訳)驚癇による痙攣
(原文)早晨发搐 / (翻訳)早朝の痙攣
(原文)日午发搐 / (翻訳)昼ごろの痙攣
(原文)日晚发搐 / (翻訳)夕方の痙攣
(原文)夜间发搐 / (翻訳)夜間の痙攣
(原文)伤风后发搐 / (翻訳)傷風後の痙攣
(原文)伤食后发搐 / (翻訳)傷食後の痙攣
(原文)百日内发搐 / (翻訳)生後100日内の痙攣
(原文)急 惊 / (翻訳)急 驚
(原文)慢 惊 / (翻訳)慢 驚
(原文)五 痫 / (翻訳)5種類の癲癇
(原文)疮疹候 / (翻訳)瘡疹について
(原文)伤 风 / (翻訳)傷 風
(原文)伤风手足冷 / (翻訳)傷風による手足の冷たさ (末梢冷感)
(原文)伤风自利 / (翻訳)傷風による下痢
(原文)伤风腹胀 / (翻訳)傷風による腹満感
(原文)伤风兼脏 / (翻訳)傷風による臓の合併症
(原文)伤风下后余热 / (翻訳)傷風を下した後の余熱
(原文)伤寒疮疹同异 / (翻訳)傷寒と瘡疹の違い
(原文)初生三日内吐泻壮热 / (翻訳)生後3日内の嘔吐下痢症に伴う壮熱 (持続する高熱)
(原文)初生三日以上至十日吐泻身温凉 / (翻訳)生後3~10日以内の嘔吐下痢症に伴う低体温
(原文)初生下吐 / (翻訳)出生直後の嘔吐
(原文)伤风吐泻身温 / (翻訳)傷風に伴う嘔吐下痢症で身体が温かい場合
(原文)伤风吐泻身热 / (翻訳)傷風に伴う嘔吐下痢症で身体が熱い場合
(原文)伤风吐泻身凉 / (翻訳)傷風による嘔吐下痢症で身体が冷たい
(原文)风温潮热壮热相似 / (翻訳)風熱、温壮、潮熱、壮熱の類似点
(原文)肾怯失音相似 / (翻訳)腎怯と失音との類似点
(原文)黄相似 / (翻訳)黄証の類似点
(原文)夏秋吐泻 / (翻訳)夏秋時の嘔吐下痢症
(原文)吐 乳 / (翻訳)吐 乳
(原文)虚 羸 / (翻訳)虚 羸
(原文)咳 嗽 / (翻訳)咳 嗽
(原文)诸 疳 / (翻訳)諸 疳
(原文)胃气不和 / (翻訳)胃気不和
(原文)胃冷虚 / (翻訳)胃寒虚
(原文)积 痛 / (翻訳)積 痛
(原文)虫痛 虚实腹痛附 / (翻訳)回虫症による腹痛と虚実腹痛
(原文)虫与痫相似 / (翻訳)回虫症と癲癇の違い
(原文)气不和 / (翻訳)気不和
(原文)食不消 / (翻訳)食不消化
(原文)腹中有癖 / (翻訳)腹部に癖ができる
(原文)虚实腹胀 肿附 / (翻訳)虚実の腹脹と腫れ
(原文)喜 汗 / (翻訳)多 汗
(原文)盗 汗 / (翻訳)盗 汗
(原文)夜 啼 / (翻訳)夜泣き
(原文)惊 啼 / (翻訳)驚による泣き
(原文)弄 舌 / (翻訳)舌で遊ぶ
(原文)丹 瘤 / (翻訳)たんこぶ
(原文)解 颅 / (翻訳)大泉門が閉じない
(原文)太阳虚汗 / (翻訳)太陽による虚汗
(原文)胃怯汗 / (翻訳)胃怯による発汗
(原文)胃 啼 / (翻訳)胃泣き
(原文)胎 肥 / (翻訳)胎児肥
(原文)胎 怯 / (翻訳)胎 怯
(原文)胎 热 / (翻訳)胎 熱
(原文)急欲乳不能食 / (翻訳)哺乳しようとしても哺乳ができない
(原文)龟背龟胸 / (翻訳)亀背と亀胸
(原文)肿 病 / (翻訳)腫れる病態
(原文)五脏相胜轻重 / (翻訳)五臓相勝と重要性について
(原文)杂病证 / (翻訳)雑病証
(原文)不治证 / (翻訳)不治の病
卷中 记尝所治病二十三证 (中巻 23証の治療例)【対訳あり】
卷下 诸 方
附录 阎氏小儿方论
董氏小儿斑疹备急方论
解 説 【意訳と補足】
上巻 脈証治法
1 小児の脈診について
2 小児の成長、発達 (変蒸)について
4 肝経、肺経、心経、腎経の病状と治療について
5 小児の診察 (望診)について
6 その他の肝経、肺経の病状と治療について
7 痙攣の病状と治療について (急驚と慢驚を含めて)
8 瘡疹について
9 傷風、嘔吐、下痢に伴う諸症状 (生後を含む嘔吐や下痢、虚羸)
10 咳嗽について
11 疳について
12 腹部の症状や汗などについて
13 亀背と亀胸について
14 浮腫と喘息
17 不治の病
中巻 23証の治療例
下巻 (諸々の方剤)
付録 (宋大梁 閻孝忠著)
あとがき
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書籍情報
- ISBN:9784862702784
- ページ数:128頁
- 書籍発行日:2026年6月
- 電子版発売日:2026年6月25日
- 判:B5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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