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- 図説 現代発生生物学
商品情報
内容
序文
はじめに
発生生物学は,たった一つの細胞である受精卵から,複雑で精緻な構造をもつ個体が形づくられる仕組みを探求する学問である.受精卵から生じた細胞は,どのように多様な細胞種へと分化し,互いに作用しながら組織や器官をつくるのか.発生生物学は,こうした問題を扱う基礎科学として発展してきた.しかし現代では,基礎研究のみならず,幹細胞を用いたオルガノイド研究,再生医療,がんや遺伝子疾患などの原因解明と治療方法の探索など,多岐にわたる生命科学研究を支えるプラットフォームとしての面ももつようになっている.
本書は,丸善出版から1989年に出版された石原勝敏編著『図説発生生物学』(以下,旧版)のコンセプトを継承し,学部生や医学部生に向けて現代発生生物学の基礎を解説する教科書として新たに編んだものである.編者の一人である武田は,旧版出版直後の1991年から小型魚類を用いた発生研究を開始し,2001年からは東京大学において23年にわたって動物発生学研究室を主宰した.ちょうどこの期間に,発生現象の理解を飛躍的に変えるブレイクスルーがいくつも起こり,自身でもその変化を肌で感じながら研究を進めてきた.
これらのブレイクスルーとは,大きくまとめると,発生現象を遺伝子の機能に基づいて解析できるようになったことである.20世紀中頃までの発生生物学では,発生過程の記載や,組織移植などに基づくいわゆる実験発生学が中心的なトピックであったが,当時の実験手法では,誘導やパターニングといった重要な発生現象の仕組みを解明することは困難であった.しかし,1970年代から1990年代にかけて行われた,ショウジョウバエとゼブラフィッシュを用いた突然変異体スクリーニングにより,この状況は一変した.発生過程に異常を示す変異体が多数単離され,発生に必要な遺伝子が次々に同定されていったのである.1990年代には,遺伝学的手法に加えて,主としてアフリカツメガエル胚を用いた遺伝子クローニングや機能解析などの分子生物学的手法が急速に発展し,SpemannとMangoldによって発見されてから,約70年間にわたり大きな謎であったオーガナイザーの作用機序がついに明らかになった.そして2000年代には,DNAシーケンス技術が急速に発展し,主要なモデル動物のゲノムが解読されたことで,発生現象をゲノム規模で解析する基盤が整った.また,顕微鏡観察技術が大きく進歩したことで,胚の中の細胞が,遺伝子の働きに基づいてどのように振る舞うかを生きたまま観察できるようにもなった.2010年代半ばに単一細胞解析技術が登場したことで,いまでは胚を構成する細胞一つひとつの遺伝子発現状態を調べることさえも可能である.このように,数々の技術革新により,ゲノムに書き込まれた遺伝的プログラムに基づいて細胞分化,誘導,パターニングなどの発生現象が精密にコントロールされる仕組みが解明されていったのである.
本書では,こうした発生生物学の歩みを踏まえ,主として脊椎動物の発生を理解するために必要な74のトピックを選び,見開きで簡潔に解説した.第1章から第5章までのトピックはおおむね実際の発生過程をたどるように並んでおり,通読することで受精から老化までの一連の流れを体系的に学ぶことができる.そして,発生生物学の基本概念や研究手法については,これらとは別に第7,8章にまとめて解説するという形式をとった.各節では,歴史的背景や医学的な応用可能性についても幅広く理解してもらうため,発見に至った経緯や関連する疾患に言及しながら解説するように努めた.
トピックの構成には,いくつかの工夫を凝らした.第1章では,かつて発生生物学の最重要トピックであった「受精と卵割」を導入(第0節)として扱い,その後起きる「エピジェネティック・リプログラミング」と「胚性ゲノム活性化」という現象を詳しく解説した.これらの現象は,高度に分化した配偶子(生殖細胞)の性質を消去し,胚が自身の遺伝情報をもとに自律的に発生を開始するために重要なプロセスである.そこで本書では,このときを「動物発生の真の始まり」と捉えることにした.こうした見方は徐々に発生研究者の間に広まりつつあるが,類書では依然として解説が不足しており,本書の大きな特色となっている.
本書のもう一つの特徴は,胚発生期以降にも多くのトピックを割り当てて解説したことである.かつての発生生物学では,出生前の胚がおもな研究対象であったが,現在では発生をより広い視点でとらえ,個体の成長や老化も含めて一生にわたって続くものだとする考え方も出てきている.こうした見方を支えるのは,胚だけでなく成体組織にも存在する幹細胞の性質を調べる幹細胞生物学や,環境因子が生物に与える影響を調べる毒性学,さらにはエピジェネティクスといったさまざまな分野との融合的な研究である.その具体例の数々は第5,6章で詳しく解説しており,現代発生生物学の最前線に触れられるようになっている.
残念ながら紙幅に限りがあったため,無脊椎動物の発生に関しては限定的な記述にとどめ,植物の発生についてはまったく議論しないという結果になった.各トピックについても,より詳細な議論は専門書や原著論文に譲ることにした.その代わり,最新の原著論文を多く含む参考文献のリストを各章末に掲げたので,本書の内容をより深く理解するために,ぜひこれらの文献にも挑戦してほしい.
本書が次世代の発生生物学を担う人材を生みだす一助となれば,編者著者一同にとって望外の喜びである.
2026年8月
武田洋幸
河西通
池田貴史
目次
0章 はじめに
1章 発生の始まり ー多能性獲得ー
0 受精と卵割
1 母性-胚性遷移ー発生の始まりー
2 エピジェネティックリプログラミング(I)ー哺乳類ー
3 エピジェネティックリプログラミング(II)ー魚類ー
4 胚性ゲノム活性化(I)ー過程ー
5 胚性ゲノム活性化(II)ー制御ー
6 分化多能性(I)ー遺伝子制御ネットワークー
7 分化多能性(II)ーエピゲノムー
8 胚体外組織の発生
2章 体軸と三胚葉の形成
9 体軸形成(I)ー前後軸ー
10 体軸形成(II)ー背腹軸ー
11 原腸形成と三胚葉
12 原腸形成運動
13 中胚葉誘導
14 オーガナイザーの形成と体軸誘導
15 神経誘導 ーオーガナイザー因子の作用機序ー
16 神経堤細胞の誘導と移動
17 体軸形成(III)ー左右軸ー
3章 胚葉のパターニング
18 神経の前後軸パターン ー2シグナルモデルー
19 神経の前後軸パターン ー頭部形成ー
20 体節のパターニング(I) ー分節ー
21 体節のパターニング(II) ー分節後の分化ー
22 神経のパターニング(I)ー神経管形成ー
23 神経のパターニング(II)ー前後・背腹パターニングー
24 Hoxコード
4章 器官形成
25 中枢神経系(I)ー神経発生ー
26 中枢神経系(II)ー神経回路形成ー
27 脳下垂体
28 皮膚と派生器官
29 プラコード由来の感覚器官
30 頭部骨格と咽頭弓
31 体幹部神経堤細胞由来の器官
32 骨格筋と骨
33 四 肢
34 心 臓
35 腎 臓
36 血管と血球
37 気管と肺
38 消化管
39 肝臓・膵臓
40 副腎・胸腺・甲状腺・副甲状腺
41 脂肪組織
42 組織幹細胞と幹細胞ニッチ
43 性決定(I)ー生殖細胞ー
44 性決定(II)ー生殖器官ー
5章 後胚発生と環境要因
45 変 態
46 環境と発生(I)ー栄養環境とDOHaD仮説ー
47 環境と発生(II)ー表現型可塑性ー
48 環境と発生(III)ー催奇性因子ー
49 エピゲノム遺伝
50 発生シグナルとがん
51 細胞老化と個体老化
52 幹細胞の老化
6章 発生生物学の最前線
53 単一細胞遺伝子発現解析
54 単一細胞解析がもたらしたもの
55 幹細胞生物学とiPS細胞
56 オルガノイド
57 再生生物学
58 メカノバイオロジー
59 発生生物学と合成生物学の融合
60 Evo-devoの隆盛
7章 付録(I)発生生物学の基本的概念
61 ショウジョウバエの発生(I)―前後・背腹軸形成―
62 ショウジョウバエの発生(II)―原腸形成と分節―
63 発生生物学のモデル動物
64 遺伝子発現とエピジェネティクス
65 上皮細胞と間充織細胞
66 細胞移動
67 パターン形成の原理
68 発生における細胞間シグナル
8章 付録(II)発生生物学の研究手法
69 細胞系譜の追跡
70 遺伝子発現解析
71 遺伝子機能解析
72 蛍光イメージング
73 エピジェネティック解析
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書籍情報
- ISBN:9784621313077
- ページ数:192頁
- 書籍発行日:2026年9月
- 電子版発売日:2026年10月6日
- 判:B5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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