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- 各論3 高齢者の高血圧におけるマルチモビディティを考える<高齢者マルチモビディティ パーフェクトガイド>
商品情報
内容
高血圧をマルチモビディティの「ハブ疾患」と位置づけ,全身の老化進行を映す指標として捉える.
高血圧が老化の始まりであり,そのコントロールが将来の健康を左右するという考え方を展開し,病態,臨床イナーシャ(惰性),簡易検査,デジタル活用,食事療法(減塩),腸内細菌など多角的な視点から降圧のヒント・手段を解説.明日からの診療に役立つ実践的な知見を提供する.
序文
本書のねらい─ 序に代えて 「はじめに血圧ありき」─ In principio erat Pressio Sanguinis
1「はじめに言葉ありき」
「はじめに言葉ありき( In principio erat Verbum )」は,新約聖書『ヨハネによる福音書』の有名な冒頭の一節である.この世界は,言葉(ロゴス)から始まるとするものである.言葉は,すなわち神であり,世界の根源であることを意味している.あらゆる概念や事象は,言葉によって認識,創造されるというメッセージである.現在,言葉を生み出す大規模言語モデル,生成AI(人工知能)が世界を席巻していることを考えると,この一節は,きわめて暗示的であると,わたしには感慨深い.
2「はじめに高血圧ありき」
さて,医学,その疾病論において,まさに「はじめに高血圧ありき」であった.ロンドン,ガイ病院の内科医,リチャード・ブライト( Richard Bright;1789~1858年)(1)は,当時の病態解析の新しい手法であった,臨床所見と剖検所見を対比させることにより,アルブミン尿を呈する100症例において,弁疾患のない心肥大が高率に認められることを見出した.いわゆるブライト病である.現在であれば,高血圧に伴う心肥大,腎硬化症と解釈できる.彼は,当時すでに「人間の臓器は炎症,圧,そして刺激状態という3つの病的状態により分類される」としている(1831年).慢性炎症,高血圧,ストレスが,現代医学において最も重要な病因として認識されていることを思うと彼の慧眼には驚かされる.
世界では,年間5,700万人以上の人が死亡しているが,非感染性疾患( NCDs )による死亡がその7割を占めている.そのなかで,高血圧の意義はきわめて大きい.世界で高血圧を有する人は,推定で約14億人に上り,世界の同年代の成人人口の約33%(3人に1人)に相当する.わが国においては,NCDsによる死亡について,高血圧は喫煙に次ぐ大きな原因であり,一方で,そのコントロール率は約26~37%にとどまり,主要な先進国のなかで,際立って低い.
一方,ブライトの生存していた時代では,高血圧が臓器合併症の大きな原因であることはまったく知られていなかった.高血圧は,臓器の病気の結果であるのか,それに先行する原因なのか長らく不明のままであった.ブライト自身は,「機能的な疾患は多くの疾患と同じように構造的な変化が先行する」と述べている.病理解剖学者と病態生理学者の間に長い論争が繰り広げられた.高血圧は種々の疾患の一症候,生体の反応にすぎないのか,あるいは,それ自体が「疾患」と考えていいのか判明しなかったのである.1920年,ルイス・ガラヴァルダン( Louis Gallavardin;1875~1957年)は,「動脈性高血圧」という概念を提唱し,血管における病理的な変化が血圧上昇に先行するとしたが,その確証は得られなかった.血圧上昇と血管変化は相互的,不即不離であることから,その成否を判断することが至難の業であったのは当然である.一方,1930年,チャールズ・ローブリ( Charles Laubry;1872~1960年)は,「孤立性高血圧」という概念を示した.血圧上昇が臓器障害の結果起こるのではなく,d e novoで起こる疾患であると提唱し,この考え方は当時としては画期的なものであった.このように,高血圧をめぐる医学的議論は,医学全般の疾病論のプロトタイプであった.
高血圧は,統計学の流れにも新しい一石を投じた.統計学は,古くは,プラトンに端を発する決定論(主意主義)とアリストテレスに端を発する経験論(主知主義)の二流が存在している.前者は,数学的確率論であり,フィッシャー- ネイマンの統計学であり,平均的なヒトを想定して,少標本量から母集団の統計値を推測するものである.後者は,経験論的確率論であり,ベイズ統計学として結実している.個々のケースにおいて,過去に起こった事象の順序を考慮し,将来起こることの確からしさを推測するものである.この流れは,現代のビックデータサイエンスの礎となっている.
生命保険会社は,18世紀の中頃に登場し,生命予後を規定する因子,隠れた疾患に興味をもち,特に血管障害には早くから注目していた.そして,19世紀末には,ブライト病の認識から,アルブミン尿を呈する人の入会が拒否された.さらに,1896年にイタリアの医師,リバロッチ( Riva-Rocci )により加圧式カフを備えた血圧計が開発されて,血圧が非侵襲的に測定できるようになり,血圧に関する情報が豊富になったことで,米国を中心に血圧と余命の調査が精力的に進んだ.その結果,1920年,収縮期血圧が140 mmHg以上の人は保険加入ができなくなった.このように,高血圧は,永年,医学,医療の進歩において,「はじめにありき」といえる存在であった.
われわれは,高齢者に認められるマルチモビディティを単に横断的にとらえるのではなく,いつから,どんな疾患が発生し,それらが併存することでさらに他の疾患の発症を促す,その動態と中心疾患(ハブ疾患)を明らかにすることに現在取り組んでいる.
わが国最大の健康保険事業者である全国健康保険協会(加入者4,500万人以上)のビッグデータについて,共起ネットワーク解析手法を用いて各年代の横断解析,および5年間の縦断追跡解析を実施した.その結果,肥満を基盤に,男性では40代から,女性では50代から,高血圧,糖尿病,脂質異常症などの代謝関連疾患の共起(いわゆるメタボリックシンドローム)が始まる.そして,われわれは,この疾患クラスターは,男性では50代から消化管疾患,筋骨格系疾患クラスターと共起が認められることを明らかにした.この現象は,栄養の過剰摂取が,直接的に,消化管には消化吸収負担となり,代謝系の臓器には摂取カロリー負荷,そして骨格筋,筋肉には加重負荷となる.さらに,消化管の炎症や腸内細菌偏倚,インクレチン不全を介して,代謝の重要臓器である肝臓,内臓脂肪の炎症が惹起され,骨や筋肉から分泌される液性因子の異常により代謝障害が生じるなど,複雑な臓器・臓器相関の結果,3つの疾患クラスターの共起に向かうとわれわれは考えている.
さらに,肥満者では,男女とも40代から,気分障害(うつなど)が,睡眠障害クラスターを介して,これら代謝関連疾患,筋骨格系疾患クラスターと共起した.他のデータベースを用いた解析から,男女ともにBMI( body mass index )が22を超えて増加すると気分障害が増加し,また,睡眠の質の低下が認められた.睡眠の質の低下は,睡眠時無呼吸の既往および痛みと関係性が認められた.痛みの程度は,筋骨格系疾患(脊椎・椎間板障害など)の既往と関連していた.したがって,肥満に伴う睡眠時無呼吸あるいは筋骨格系疾患は,痛みを介して睡眠障害,気分障害をきたし,代謝関連疾患,筋骨格系疾患のさらなる増長(疾患クラスターの発達)を促すと思われる.われわれは疾患クラスターを「疾患クラウド」とも呼んでいるが,まさに雲の発達がイメージされ,放置しておくと,ついには,台風や線状降水帯,つまり臓器不全や死亡などが起こることが予測される.最近は,生成AIの発達により,人生における複数疾患の経時的発症に関する膨大なデータを用いて,その人に,次には,どんな病気がいつ起こるのかを予測するアルゴリズムの開発が報告されている.われわれも,日本人において,昨今の天気予報の高い精度と比肩する予測レベルの「びょうき天気予報」の作成を目指している.
こうしたマルチモビディティの成長のダイナミズムに関して,われわれは,複数の「中心性」を定量化する指標を用いて,老年期においては,高血圧が圧倒的な中心性を有し,さまざまな疾患発症の橋渡し疾患となることを明らかにした.
このようなマルチモビディティの動態解析から,現代の超高齢社会においても,「はじめに高血圧ありき」は真実であり続けているといえる.
NCDs治療の模範となるべきものは高血圧治療であり,本書「高齢者高血圧とクリニカルイナーシャ」(樂木宏実)に述べられているように,医師と患者の間で,「はじめに高血圧ありき」の概念がしっかり共有され,共同でその治療の方向性が決定される(共同意思決定,SDM)べきである.
3「はじめに血圧ありき」
しかし,わたしは,さらに進んで,「はじめに血圧ありき」と言いたい.
『高血圧管理・治療ガイドライン2025』の降圧目標値の設定において,「暦年齢」による区別が撤廃され,65歳から74歳までは65歳未満と同様に降圧治療を行うとされた.平均寿命はいまだ延伸傾向にある日本であるが,その実情は個々人により大きく異なる.男性の約20%,女性の約10%は70歳頃で要介護になるが,男性の約10%は90歳を超えても自立して生活できる人が存在する.本書「高齢者高血圧医療の特色と課題」(山本浩一)で記載されているように,いわゆる「生物学的年齢」の評価の重要性が今叫ばれている.
『高血圧管理・治療ガイドライン2025』の「75歳以上の高齢者の健康・機能状態によるカテゴリー分類と降圧指針」で示されるように,75歳以上は患者背景に応じて降圧療法の方針を個別に検討する.降圧目標は,130 mmHg未満であるが,身体・精神機能低下が疑われる場合は手段的ADL(買い物,食事の準備,金銭管理など複雑な労作を要する活動),基本的ADL(移動,入浴,トイレの使用など生活基本動作)を個別に評価・判断して,その目標値を定めることとなった.
また,非薬物療法では,75歳以上の高齢者への減量は基本的には推奨しないこと,降圧薬治療では,75歳以上,機能低下の強い65~74歳では,降圧薬の初期量は常用量の1 / 2から開始し,副作用に留意しながら段階的に増量する,さらに,フレイル,転倒リスク,認知機能障害,アドヒアランスの低下,処方カスケードに注意するなど,個々の高齢者の能力を十分に考慮することが記載されている.個々の内容については,各章に適切に記載されており,そちらをご覧いただきたい.日本老年学会,日本老年医学会では,75歳以上を「高齢者」とみなす提言がされているが,やはり暦年齢による区別には限界があり,生物学的年齢を精度よく示すバイオマーカーが必要である.
わたしは,老化の進行を「老化負債」として示し,その本質を,遺伝子損傷に伴うエピゲノム変化であると考えている.エピゲノム変化は,すべての生体制御のノードとみなすことができ,ビッグデータの精緻な解析に基づくエピゲノム変化の指数が,「生物学的年齢」の評価には最適であると考えている.
さて,わたしは,生物学的年齢を考慮した高血圧の管理,治療指針を,逆の視点から見てみたい.すなわち,個々人の「生物学的年齢」は,その人の血圧の動きと密接に関連していると考える.その人の臓器障害あるいは老化の程度に合わせて至適な血圧に管理するとされているが,このことは,逆に言えば,その人の血圧の有り様が,その人の健康度,老化の程度を表現しているともいえる.本書「血圧調節―起立性低血圧,夜間高血圧,血圧モーニングサージ」(藤原健史,苅尾七臣)では,高齢者の起立性低血圧あるいは起立性高血圧は,ともに重力変化に伴う血流の動きを感知する圧受容体,腎交感神経などの知覚経路の障害を示すとしている.また,本書「味覚障害がある場合の診療の要点」(任智美)などで示されているように,感覚,特に味覚は,血圧調節ホルモンによっても制御され,その異常は塩分摂取過多などにより高血圧をきたす.逆に言えば,血圧上昇は,感覚神経経路の障害,老化を示す可能性がある.このように,血圧の動きは,その人の臓器の障害を忠実に映し出している.また,本書「地域格差と高齢者高血圧:生活環境・ソーシャルサポ―ト」(矢野裕一朗)において,高血圧医療におけるいわゆる健康の社会的決定要因( SDH )について語られているが,これも逆に言うと,その人の生活様式(人とのかかわり合いなど),生活環境(居住地域,居住家屋,いわゆるスマートウェルネス住宅など)などがその人の血圧に反映されることを物語っている.本書「高齢者と高血圧管理アプリ」(吉村力,阿部真紀子,有馬久富)において,デジタルデバイドを超え血圧管理アプリが普及した環境では,血圧を知ることで行動変容がなされることに加えて,人とのつながりが生まれ,治療効果が発揮されることが記載されている.デジタル環境が血圧に反映され,そして血圧を変容させる時代である.
さらには,本書「高齢者高血圧とDNA損傷」(石田万里)では,高齢者高血圧は単に血圧が高いという事象を示しているのではなく,その人のDNA損傷,特に血管損傷に基づく「老化の集積」(わたし流にいえば「老化負債」)を現しているとしている.そして,高齢者高血圧治療の要諦は,「老化制御医療」にあると明言している.この考えも,血圧の動きにその人の老化の集積が反映されていることを支持している.
フランスの美食家,ブリア- サヴァラン( Brillat-Savarin )は,著書『美味礼讃』(1825年)において「君が何を食べるか言ってみたまえ.君が何者であるかを言い当てよう」という有名な言葉を残している.わたしは,こう言いたい.「君の血圧を教えてくれ.君がどういう状態か言い当てよう」と.
だから「はじめに,血圧ありき」なのである.
冒頭のブライトの話に戻るが,彼は「圧」の重要性に注目していた.確かに,人間社会において,「圧」はさまざまにわれわれの心身に影響を及ぼす.今では,もはや一昔前と感じるコロナ禍では,人との接触が極端に抑止され,われわれは経験したことのない奇異な時を過ごした.わたしは,COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は,関係性(コネクティビティ)の病気であると感じた.人との直接のふれあいがどれほどわれわれの精神活動の維持,活性化に重要かを再認識した.一方で,精神科医の斎藤環は,「会うことは暴力だ」と過激な発言をしている.この言は,引きこもりの人などにとっては,人との接触は圧力,重力となり,ストレスであることを表現している.また,宇宙飛行士の向井千秋は,「宇宙飛行の一番の楽しみは帰還したときに感じる重力だ」と述懐している.「圧」は,まさにさまざまなヒトにさまざまな状況で,さまざまなインパクトを与える.このような「圧」は,血圧に忠実に反映される.血圧は,重力に抗して血液を循環させるために存在し,重力変動に応じて変化し,また他人と接して緊張すると上昇する.2011年の東日本大震災のとき,避難された人々は,被災後数年間にわたり高い血圧を呈した.
このように,血圧は最高の生命サインであり,生活ログになると考えられる.したがって,血圧は単に高血圧か否か,という観点でとらえられるべきではない.血圧は高血圧よりはるかに大きな価値をもっている.
そのことを,2の数式で示して,この序文を終わりたい.
血圧P( pressure )は時間( t;time )の関数であり,常に変動を続け,その変動全体を把握することが重要である.ある人間H( human )xは,これまで歩んできた人生の時間(0からTまで)のなかで,変化し続けてきた血圧の積分値により成り立つ.そして,この人たちの集まり,総和で社会S( society )が形成される.したがって,血圧で人間を知ることができ,血圧で社会を創ることができる.血圧の領域は,まさに広大無辺である.
2026年9月
伊藤 裕
慶應義塾大学名誉教授
慶應義塾大学予防医療センター特任教授
目次
Ⅰ 社会健康医学からみた高齢者高血圧
1 高齢者高血圧医療の特色と課題 (山本浩一)
2 わが国の高齢者高血圧の疫学 (国村彩子,三浦克之)
3 高齢者高血圧と医療政策 (藤村実穂,田村功一)
Ⅱ 高血圧高齢者に特有の病態
1 血圧調節-起立性低血圧,夜間高血圧,血圧モーニングサージ (藤原健史,苅尾七臣)
2 高齢者高血圧とクリニカルイナーシャ (樂木宏実)
3 ナトリウム・カリウムと高齢者高血圧 (田原康玄)
Ⅲ 高血圧高齢者に対する統合的・先端的医療
1 地域格差と高齢者高血圧ー生活環境・ソーシャルサポート (矢野裕一朗)
2 高齢者と高血圧管理アプリ (吉村 力,阿部真紀子,有馬久富)
3 高血圧オンライン診療の現在と高齢者への対応 (矢田部淳一)
4 食環境整備の必要性と今後の課題 (武見ゆかり,外川 恵)
5 《トピックス》高齢者高血圧とDNA損傷 (石田万里)
6 《トピックス》高齢者高血圧と腸内細菌 (中島裕也)
Ⅳ 高齢者高血圧のコモビディティとしての疾患を考える
1 転倒歴・サルコペニア・フレイルを有する場合の高齢者高血圧診療の要点 (杉本 研)
2 腎機能障害がある場合の診療の要点 (萩原あいか,林 香)
3 認知症がある場合の診療の要点 過降圧の視点から (茂木正樹)
4 メンタルストレスがある場合の高齢者高血圧の治療 (岸 拓弥)
5 味覚障害がある場合の診療の要点 (任 智美)
6 嗅覚障害がある場合の診療の要点 (三輪高喜)
研究ハイライト 高血圧と難聴有病率ー愛大コーホート研究より (三宅吉博)
7 睡眠障害(睡眠不足)がある場合の診療の要点 (有屋田健一,岩上将夫)
8 がん(オンコハイパーテンション)がある場合の診療の要点 (森本 聡)
9 心不全リスクがある場合の診療の要点 (桑原宏一郎)
10 脳血管障害がある場合の診療の要点 (松尾実紀,小久保喜弘)
11 肥満・やせがある場合の診療の要点 (荒木 厚)
12 メタボリックシンドロームがある場合の診療の要点 (宮下和季)
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書籍情報
- ISBN:9784521751917
- ページ数:216頁
- 書籍発行日:2026年10月
- 電子版発売日:2026年11月3日
- 判:B5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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