精神科治療学 第40巻08号〈特集〉症例報告から学ぶⅠ

  • ページ数 : 120頁
  • 書籍発行日 : 2025年8月
  • 電子版発売日 : 2025年9月6日
¥3,190(税込)
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内容

症例報告を学ぶことは、エビデンス重視の時代には軽視されがちだが、臨床家としての洞察力や問題発見能力を養ううえでも重要。本特集は2号にわたり症例報告の意義を取り上げた。今号の特集Ⅰは、「アンネ・ラウ」「ライナー」「ビーチャム」「サッスーン」「ねずみ男」「アウグステ」などの有名症例を取り上げ、なぜそれらが現代まで評価されてきたか、その意義を解説。一例を精緻に分析することから重要な精神医学的知見が導かれることがわかる特集。

序文

特集にあたって

身体医学においてはエビデンスが重視される。身体医学はまさに自然科学であるから当然そうすべきである。しかし精神医学においては事情が違うように思う。精神医学は人文・社会科学(意味志向的な了解的関連による理解)と自然科学(法則志向的な因果的関連による理解)の両方にまたがる特殊な学問領域である。

実証主義において個々の情報は,どれだけ信用して良いかのランクづけがなされている(エビデンス・レベル)。ここでは統計学的に証明できるものが有力で症例報告のランクは低い。統計学は基本的にはシンプルな仮説の検証や複数因子の関連を知るためのツールである。治療の有効性の比較や危険因子研究などについてはその通りなのだが,精神医学においては統計学的手法の及ばない領域がある。精神症候学の学理や精神療法の原理といった,精神医学を身体医学とは違う「心の医学」たらしめているもの,いわば精神医学の核心部分はその類である。

ここで強調したいのは精神医学における症例報告の特別な価値である。コンラートの「ライナー」,フロイトのいくつかの有名症例,ブランケンブルグの「アンネ・ラウ」など─重要な学理が導かれる(概念が生み出される)のはしばしば優れた症例報告に基づいている。そのような有名症例だけではない。クレペリンにしても,自らが徹底的に観察した症例があって,そこから早発性痴呆という概念が生まれたはずで,ブロイラーの統合失調症もまた然りである。これらは時の流れを経ても残り続けている。その価値は精神医学の歴史が証明している。

一例についての精緻な分析から重要な精神医学的知見が導かれる。同じ症例でも観察者によってどれくらい深い洞察が得られるかが違う。症例ライナーはコンラートが観察したからこそ価値の高い知見が導かれたのであって,他の誰かが見れば統合失調症の一例にすぎなかっただろう。その症例が稀有な,非常に特徴的なものであるというのではなく,観察者の視点が重要なのである。そう考えてみると平凡な症例4 4 4 4 4 はそもそも存在しないというべきかもしれない。自然科学領域では症例報告のエビデンスとしての価値は高くないが,精神医学において症例報告の学問的価値を軽視する風潮には大きな懸念がある。クレペリン,シュナイダー,ヤスパースなどの見解は今日でも大きな意義を持っているが,それらは本質的には自験例の観察から導かれたものである。

なぜ和文症例報告なのか。それは単純なことである。私たちは対話する時も考える時も日本語を使っている。一つの症例から重要な何かを感じ取ったら,それは日本語で伝えるのが最良の方法であることは疑いようがない。さらに文化を共有する日本人に伝えたいなら尚更だろう。本誌では優れた和文症例報告の投稿を大いに歓迎している。この「症例報告から学ぶ」は二号にわたる特集号である。今号のセクション1 「症例報告から重要な概念が導かれることを学ぶ」では,過去に報告された有名症例を取り上げる(そうしたかったが,それが叶わなかったものについては,関連症例を取り上げた)。先に述べたコンラートの症例「ライナー」,ブランケンブルグの症例「アンネ・ラウ」など,その症例の観察からどのような概念が導かれたのかをみていく。症例そのものより,提唱者の視点(疑問点)に注目してほしい。その視点に立ってみれば自ずと見えてくる景色がある。概念が生成するのはその景色の中にあるだろう。次号(40巻9 号)のセクション2 「分野別の症例報告の書き方を学ぶ」は,症例報告がなされる分野によって,症例に当てるべきスポットライトが違うことを学んでもらう。同じ治療であっても,精神療法と臨床薬理とでは書くべき情報は当然違ってくる。それぞれの領域で特に注意すべき点や工夫を,それぞれの分野の専門家に論じてもらった。最後のセクション3 「目的別の症例の書き方と同意取得について学ぶ」(次号)では,症例報告の目的によって書き方が違ってくることを知ってもらいたい。専門医のためのレポートと指定医レポートとでは記載すべき情報が違うだろう。そして症例報告をする際に求められる同意取得の問題をここで取り上げておく。病識が得られにくい,あるいは強制的な治療環境にある患者から症例報告の同意を得ることはしばしば困難である。これは他の診療科では問題にはなりにくい,精神科特有の問題点というべきかもしれない。「同意の取れなかったケースは症例報告を諦めればよい」─という考え方ではたしてよいのだろうか。病識欠如や治療の同意が得られていない,つまりもっとも援助を必要としているケースだからこそ,学ぶべきことがあるはずだろう。

編集委員会からの難しい注文を快く引き受けてくださった執筆者には改めて感謝したい。この特集号を通じて症例報告の価値を改めて確認し,読者の皆さんが積極的に症例報告に臨んでもらいたいと願っている。


古茶 大樹

目次

【特集】症例報告から学ぶ I

・特集にあたって  古茶大樹

・症例アンネ・ラウ(Blankenburg, W.『自然な自明性の喪失』)を今,よみなおす  清水光恵

・ライナー─Conrad, K.『分裂病のはじまり』─  滝上紘之

・初期統合失調症(中安)に学ぶ  関 由賀子

・非定型精神病を症例報告から学ぶ─満田あるいは鳩谷の症例から─  金沢徹文

・敏感関係妄想(Kretschmer, E.の症例)─精神療法により治癒しうる妄想─  久江洋企

・精神自動症(de Clérambault, G.G.の症例)  針間博彦

・解離性同一症(Prince, M.の症例ビーチャム)─記述の中立性は保たれるのか─  立花昌子,大饗広之

・神経性やせ症とGullの症例報告  西園マーハ文

・PTSDの古典的症例─勇者なる反戦詩人サッスーン─  岩井圭司

・「ねずみ男」─Freudによる,強迫神経症の精神分析的症例報告─  白波瀬丈一郎

・修正感情体験の症例報告の再検討─パーソナリティ特性の修正と治療関係─  林 直樹

・Asperger, H.の症例から学ぶ─「自閉的精神病質」と自閉スペクトラム症─  広沢正孝

・ADHD(attention─deficit/hyperactivity disorder)の古典症例と有名人症例  小野和哉

・Alzheimer病の源流Auguste, D.の症例報告が教えてくれること  大石 智

臨床経験

・軽度アルツハイマー型認知症患者におけるlecanemab投与禁忌のMRI所見とその後の亜急性変化への治療経験  竹村友香,鐘本英輝,小泉冬木 他

カレント・トピックス

・大麻使用罪について─賛成の立場から─  小林桜児

・大麻使用罪について─反対の立場から─  野田哲朗

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書籍情報

  • ISBN:9784022004008
  • ページ数:120頁
  • 書籍発行日:2025年8月
  • 電子版発売日:2025年9月6日
  • 判:B5判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
  • 同時利用可能端末数:3

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