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- 精神科治療学 第41巻07号〈特集〉サイケデリックス(幻覚薬)をめぐる文化精神医学—その過去・現在・未来―
商品情報
内容
世界で加速する「サイケデリック・ルネサンス」の実像に迫る。本特集では、難治症例への治療選択肢を広げると期待されるサイケデリックスについて、効果検証や作用機序、わが国の先人による実践の経緯や、より幅広く文化精神医学的視点からも解説し、その可能性と課題を多角的に検証する。
序文
特集にあたって
今日,サイケデリックス(幻覚薬)は精神科医療関係者のあいだで期待と当惑を引き起こしている。近未来における精神科薬物療法革命に期待を膨らませる者もいれば,人類を危険な事態に陥れる悪質なデマとして眉に唾をつける者もいる。ただ,現実の出来事として,2023年7月,オーストラリア政府は,MDMAとサイロシビン(psilocybin)を心的外傷後ストレス症に対する公式な治療薬として承認し,2026年4月,トランプ米大統領は「医療用幻覚薬」の研究と承認を加速させる大統領令に署名する,という「事件」が起こっている。
一体,何が生じているのか?
振り返ってみれば,1960~70年代,突如として国際社会は,様々な精神作用物質に対して態度を硬化させ,規制法と厳罰に基づく薬物禁止政策へと舵を切った。その代表例が,米国大統領ニクソンによる「薬物戦争War on Drugs」だった。大麻や幻覚薬は政治によって「医療的用途のない有害薬物」と決めつけられ,それまでそれらの医療的可能性を追求していた精神科医や心理学者,薬理学者たちは,研究の断念を余儀なくされた。
しかし,2010年代以降,国際社会は,この薬物禁止政策が世界中の薬物問題を悪化させている,という皮肉な事態に直面した。というのも,50年間に及ぶ禁止政策の結果,世界中の薬物生産量と消費量は顕著に増大し,薬物の過剰摂取による死亡者や注射器共有によるHIV新規感染者が激増したばかりか,麻薬密売カルテルが巨利を得て,もはや一国の政府では制御できない事態に直面したからだ。そして,ついに国際社会の潮流は劇的な方向転換をし,2016年,国連麻薬特別総会は,「世界中で発生している暴力や犯罪は,薬物使用の結果ではなく,薬物規制法の結果である」という声明を出したのだった。
薬物政策の潮流変化は,かつて「有害」とされた規制薬物の医療的可能性を再検証する研究を刺激した。その結果,幻覚薬による難治性のうつ病や物質使用症,心的外傷後ストレス症に対する有効性を報告する研究が相次ぎ,今や「サイケデリックス・ルネッサンス」と呼ばれる活況を呈している。
そして,その先頭に立っているのは,英国を代表する精神薬理学者・精神科医デヴィッド・ナットである。彼は,2009年に「週1回MDMAを使用するのは,週1回乗馬をするよりも健康被害が少ない」という論文を発表して英国内務大臣の逆鱗に触れ,英国薬物規制諮問委員会委員長職を解任されたことで有名である。しかしその後,彼はますます旺盛な研究活動を展開し,近年では幻覚薬の医療的可能性を追求して,驚くべき研究成果を挙げ続けてきた。
ナットによれば,ある種の幻覚薬は,脳内デフォルト・モード・ネットワークを休止させてマインドフルネスな状態を作り出すとともに,神経栄養因子の増加によって脳内ネットワークの再構成を促し,病的な固執を改善する可能性があるという。
たしかにありそうな話だ。なにしろ,アルコール依存症の自助グループ「アルコホリクス・アノニマス」の創始者ビル・ウィルソンが体験した,有名な「ホワイトライト体験」──断酒成功の端緒となった幻覚体験──こそ,ビルの主治医が投与した幻覚薬によるものだったという,まことしやかな噂があるからだ。
しかし,このような新しい潮流に無邪気にはしゃいだり,憤ったりする前に,まずはしっかり押さえておくべきことが2つある。1つは,今日,話題の渦中にある新しい治療とは,かつて帝国主義によって征服された先住民族の伝統的文化であり,未開部族の風習として,「西欧的近代」によって何らの科学的検証もないまま否定された呪術的医療を起源としている,ということだ。したがって,否定するにせよ,肯定するにせよ,まずは効果検証と作用機序の解明が必要である。
それからもう1つは,この潮流がわが国にとっては決して初体験ではない,ということだ。実際,早くから文化精神医学的,医療人類学的な観点から,ペヨーテやアヤワスカを用いた呪術的医療に関心を抱き,あるいは,幻覚薬を用いた心理療法の可能性を信じ,調査や実践を試みていた先人がいるのだ。彼らの仕事を知らずして,幻覚薬の医療的可能性に関する現在と未来を語ることはできない。
今回,編集子は,このような2つの課題を念頭に置いて,「サイケデリックス特集」作りに挑戦した。とはいえ,編集子一人の力ではあまりにも大きな主題であり,企画にあたっては,早くからサイケデリックスの医療的可能性を社会に向けて訴えてきた蛭川立先生,ならびに,1970年代よりマヤ伝統医療のフィールドワークを実践してきた宮西照夫先生に,多大なるご尽力をいただいた。この場を借りて深謝申し上げたい。また,寄稿してくださったすべての著者にも感謝したい。みなさまのおかげで,本特集は他に類例を見ない広汎なスコープを持つ,高水準の「サイケデリックス特集」となった。
サイケデリックスに期待する人,当惑する人のいずれも,まずは本特集をご一読いただきたい。
松本 俊彦
目次
【特集】サイケデリックス(幻覚薬)をめぐる文化精神医学─その過去・現在・未来─
・特集にあたって 松本俊彦
・シャーマニズムから抗うつ薬へ─日本における幻覚薬=精神展開剤研究の医療人類学─ 蛭川 立
・精神展開剤の可能性と課題─新たな精神科治療を目指して─ 内田裕之
・マヤ伝統医による精神疾患の治療 宮西照夫
・アマゾニア西部におけるアヤワスカの民俗実践の諸相─植物の有情性・多孔質な身体・歴史性─ 後藤健志
・「精神に効く薬」の医療人類学─OD(オーバードーズ)をめぐって─ 羽柴悠貴,北中淳子
・治療抵抗性うつ病に対するketamine治療の可能性と課題 谷 英明
・サイケデリックスの抗うつ関連行動における神経・分子基盤 衣斐大祐,西村郁哉
・サイケデリクス(幻覚剤・精神展開剤)の臨床と研究の最前線 山本高穂
・サイケデリック薬によるうつ病治療はイノベーションなのか 加藤忠史
・呪術,宗教,医療─それらは本当に効くのか?─ 池田光穂
・憑依とエクスタシーの文化精神医学的研究 小林幹穂
・ジャマイカにおける大麻規制の歴史─ラスタファリ運動とガンジャ─ 園田 寿
・サイケデリック療法とシャーマニズムの功罪─薬理学的効果と心理学的効果のいずれの影響なのか?─ 福島哲夫
・サイケデリックを用いた宗教儀式の危険性─オウム真理教での体験から─ 尾堂修司
・加藤清先生の臨床とLSD─25/サイケデリックス 山本昌輝
・〔総説〕精神薬理学者Carhart─Harrisによる幻覚薬研究の展開─2010年代を中心に─ 深津尚史
研究報告
・精神科病院へ及ぼす常勤総合診療医の影響─診療報酬上の影響と診療サポート効果─ 金子昌裕,石丸直人,下川敏雄 他
資 料
・自殺関連行動を契機に救急搬送され精神科介入となった症例に関する実態調査 貫井祐子,飯田敏晴,岡本 悠 他
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書籍情報
- ISBN:9784022004107
- ページ数:128頁
- 書籍発行日:2026年7月
- 電子版発売日:2026年8月4日
- 判:B5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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